記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

『男たちは北へ』 by 風間一輝

北へ向かう男たちの群れ。
友との約束を果たすべく一路青森へと無心にペダルを漕ぎ続ける40過ぎのしがないライター。
ひょんなことからその男を追うことになる怪しげな自衛官たち。
そしてヒッチハイクの旅を続ける一人の少年。
無心でペダルを漕ぎ、長い長い坂に苦悩し、暑さに悶絶し、果てしない道を進むうちに
男たちの中に熱いものが生まれてくる。
昨今、自転車を題材にした小説や漫画が随分増えたが、
単なるスポコン話だったり、レースの駆け引きに関するものだったり
そういうレーシーな内容のものばかり。
しかし本作は、実に男気あふれる自転車旅を読ませてくれる。
半分はサスペンス調になっていて(それが実は茶番なのだが)、それも実に面白い。
しかし本作の一番の味は、ひたすら東北地方を北上する男たちの血と汗の物語。
着飾った言い回しなどとは全くの無縁なのだが、
ロングライドをしたことのある人間なら感じたことのある苦痛や感動といった感情を
シンプルかつ実直に言い表されていて、
そのまじりっけのなさがじーんと胸にくる。
少しだけ引用してみると、


p278
「国道が山を巻きだすと、道の前方はあるところで山の向こうに回り込んで見えなくなる。
そこまで辿り着いても、待っているのは同じ風景だけだ。それが無数に繰り返される。
単調で苦痛だけの連続。それでもペダルは漕ぎ続ける。
山の向こうにパラダイスを見たいからではない。
この山を越えなければ、青森へ行けない。
その思いだけがペダルを漕ぐ力を絞り出す。」


p332
「今、どこにいるのか。どこからどこへ、なんのために走っているのか。
俺自身が何者かさえ思いだせない瞬間もある。
緑の樹々や青い空や白い雲。感動してしまう。
それが樹であるとか、空であるとか、雲であるとか、
そんな既成概念がなくなっていて、美しさだけを感じる。」


といった具合。うんうん、よーくわかるわあ。
こういうのを読むと、リアにバッグを目いっぱいぶら下げた
無骨な鉄のバイクで走りたい気持ちに駆られる。
男気あふれるあんなアニキやこんなアニキにぜひ読んでもらいたい一冊。
これぜひ火野さんで映画化ならないかなあ。まさしくピッタリの役なんだけどなあ。


男たちは北へ (ハヤカワ文庫JA)

男たちは北へ (ハヤカワ文庫JA)