記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

さようならヨル

2/13、20:00。
12年間苦楽を共にした愛犬ヨルが旅立ちました。
14歳半ということで、大往生だったと思います。
この1週間何度も危篤状態になりながらも、
そのたびに懸命に生きようと持ち直し、
横にして楽にしてやろうとしても何度も立ち上がるそぶりを見せ、
最後の最後の最後まで、命を燃やしていました。
あの小さな体のどこにそんなエネルギーがあるのかとびっくりするほど本当によく頑張った。
最後までかっこよく、勇敢な姿に逆に自分たちが勇気づけられた思いです。
そして、最後はひとりぼっちではなく、家族に囲まれながら、
自分の膝の上で、ゆっくりと息を吐いて、穏やかな顔でした。
ありがとう、ヨル。


12年前、里親募集で奥さんの家にやってきたその日から、
大切な家族でした。
奥さんと自分の歩みを最も間近で見守ってくれていたヨル。
一番つらい20代のころ、奥さんと2人で自分を支えてくれた存在でした。
お手もお座りも何もできない子でしたが、
もういるだけでほっこりするような可愛らしい子で、
お利口で、人の気持ちがわかる子でした。
なんといってもとても気立てのよい優しい奴で、
のちにやんちゃ猫のネルがやってきたときも、
娘が生まれてきたときも温かいまなざしで接してくれました。


今もまだヨルが家にいると思って、姿を探してしまう。
ヨルのいない生活が今はまだちょっと考えもつかない。
共働きで、いつもお留守番ばかりさせてしまい、
もっともっと色々してあげればよかった、もっと優しくしてあげればよかった、
もっとたくさんおいしいものを食べさせてやりたかった。
今はそんなことばかり考えてしまいます。



年末辺りから、急に老けこみ、
ウンチやお漏らしが頻繁となって、歩き方もヨボヨボになっていた。
さすがに14歳ともなればそれも自然なことで、
特にどこかが深刻に悪いということもなく、水とご飯はしっかり食べるので、
おじいちゃんになったなあという感じだった。


特に寒さが厳しかったことも影響したのか、
2週間ほど前から具合がよくなさそうで、自立するのも厳しいくらいふらつき、
夜泣きを繰り返すようになった。
ご飯の減る量が極端に減り、それに伴っておしっことウンチの回数が極端に減ったので、
これはちょっと心配だということで病院にかかる。
どうも口内炎でご飯が食べられないとのことだった。
散歩に連れていくと一応よちよちと歩き、うんちとおしっこを出す。
夜に、寒さ対策で、窓側から洗面所にお引っ越し。
少しだが寒さもマシそう。
ゲージを作り、ダンボールで防寒。
娘も心配で色々手伝う。
夜中もクーンクーンと鳴く。なでると落ち着くのか鳴きやむ。


朝見るとよちよち歩く。ヘタり気味でこける。
買い物で、食べやすそうな缶詰や歯の掃除グッズ、座布団を買う。
座布団は段差があってこけるのであまり効果なし。
大好きな芋とささみの缶詰に食事を変更すると少し食べる。
口の上側にひっつけて食べさせる。
水はよく飲む。


再び病院へ。
検査の結果、腎臓が弱っていることが判明。
小型犬の宿命で、腎臓の寿命が犬の寿命と言われるらしい。
腎臓が弱るせいで体内の毒素を出せないため、
耳の具合も悪くなり、口内炎も発症する。
目も潤いがなくなるのでほとんど見えていないそう。
毒素を出すために水分をよく飲むとのこと。
点滴を打ってもらう。
昼ごはんと買い物で外出。
これからのヨルのことを話していたら、帰宅後容体が急変。
最後に公園へ連れて行くが、抱いた体の軽さにショック。
寒さのせいか急速に意識が遠のいたので、大急ぎで帰宅。
ホットカーペットにシーツを引いて見守る。
スポイトで水を上げるが飲み込めない。缶詰やアイス、チーズケーキなどをあげるが食べれない。
ずっと瞬きをしない。もう瞼が貼りついてしまって、目を閉じれないのだ。
途中でおばあちゃんと甥っ子が様子を見に来る。
娘も何かしてあげたくて絵を描いたり、カイロを当てたり、なでてあげたり。
それでも具合はどんどん悪くなり、大きく息を吸い、ちょっと苦しそう。
何かを言いたいのか、何度も小さく口をあけて声なく鳴く。
声をかけながら、頭をなでたり、喉元をさすったり。
途中でおしっこを少し、うんちを1つ出す。
それで少し楽になったのか、目の力も戻り、呼吸も普通になり、
声かけに応じて耳や尻尾、鼻先を時折動かす。
それを見てネルがちょっかいを出す。
ホットカーペット低温やけどしないように時折寝る側を入れ替える。
夜中に起き上がりたそうだったので抱きかかえると少しだけ立つ。
背中をさすってやると、力みだし、ウンチを出す。
血が混じり、黒いもの。
そのあと寝返りを打たせようとすると、ちょっと座りたいという形に。
お水を欲しがり皿を出すが舌が出ない。


翌日、一日、自分が看病をするが、小康状態。
お水をうまく飲ませるやり方を見つけ、それでゆっくりゆっくり時間をかけてあげる。
奥さんが帰宅した瞬間に、大量におしっこを漏らし、みんな喜ぶ。
奥さんがヨルの好物のシュークリームを買ってきたので、
鼻先に近づけると欲しそうにペロペロと反応したので、
奥さんが自分の指にクリームをつけて口の中に放りもうとしたら、
あまりにおいしかったのか、急にパクっと指に食いついて離さなくなった!
目が見えておらず、意識も朦朧としているからか、指をエサと間違っているようで、
力強く食いついて離さず指が千切れるかという状態になった。
どうにか指を離させ、今度は割りばしにクリームをつけて食べさせると、
まるでスッポンのように食いついて離さない。
前日の危篤状態から考えると、本当にびっくりするくらいエネルギーに満ちていた。
それで食欲が戻ったのか、缶詰も半分ほどを平らげ、水もよく飲んだ。


翌日、自分は仕事。
午前中に奥さんが病院へ連れて行く。
痙攣や伸びをするたびに徐脈になっているようで、心臓は徐々に弱っているということだった。
強心剤を打つこともできたらしいが、苦しいらしいのでその治療はしないことにした。
点滴は打ったとしても1日寿命が延びるかどうかということだったらしい。
会社から何度か様子をメールで伝えてもらう。
15時過ぎ、そろそろ厳しいかもというメール。
奥さんは娘を保育園へ迎えに行き、その間家に来ていた甥っ子が体をさすってくれていたらしい。
この時点でもう虫の息だったらしいが、自分を待ってくれているようだと奥さんからメールがあり、
仕事を片付けてタクシーで帰宅。
ヨルは苦しいのに、ちゃんといつものように帰りを待っていてくれました。
もう、前日のように立ち上がろうとすることもせず、横になったまま苦しそうに息をしている。
体中をなでてやり、ちょっとでも楽な状態にしてあげる。
ヨル、ヨルと名前を呼び掛けると、
まだ耳の先とか、尻尾の先とかをわずかに動かして応えようとする。
そのうち、グウグウとなにか言いたそうにつぶやくと、あとはもう声掛けには反応せず、
長い息を繰り返すだけになった。
もう、自分も奥さんも覚悟を決め、最後はお膝にのせて抱きかかえる。
昔はよく、ぴょ〜んと膝の上に飛び乗って、居心地よくそこでお座りをしていたねとか、
ヨルとの思い出を語りながら、だんだんと間隔が長くなる息遣いを見守っていた。
そうして、その間に、もうヨルは安心したのか、
息をするのをやめ、静かに旅立って行きました。
あまりにも自然に。ニっと笑ったような顔で。
残されたみんな泣きました。たくさん、たくさん泣きました。
悲しいとこんなにも涙が出るのかとびっくりするくらい泣きました。
改めて、ヨルの存在の大きさ、ヨルがいてくれたこと・してくれたこの大きさを感じました。


亡骸をおさめるため、ダンボールで棺を作り、娘がそこに絵を描いてくれました。
花を入れ、好きだったドッグフードやクリーム、ポテトを入れ、
着ていた服やリードなど思い出の品々、
そしてヨルが我が家にやってきたとき唯一持参してきたモグというぬいぐるみも一緒です。
そしてもっとも長いこと一緒にいたネルとお別れをさせてから、
市内のペット葬儀屋さんで、火葬をしてもらい、骨を拾いました。
あの年で骨も歯も非常にしっかりしていて、頭の骨はまさにヨルの輪郭のままでした。
骨があまりにもしっかりしていたため、当初の大きさの骨壷に入りきらず、
小型犬なのにかなり立派な骨壷に納めました。
晩年まで病気らしい病気もせず、立派に生きた証なのだなとみんな納得しました。


ヨル、安心して。ヨルのこと、みんな忘れません。
もうなにも恐れることも苦しむこともなく、どこまでも大好きな散歩してください。
そして、またいつか会おうな。