記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

ポスト冷戦レジームの終焉と谷間の時代の始まり

トランプさん大統領になりますねえ。
目の前にぶら下げられたニンジンに容易にぶら下がるというのは
どこの国でも同じことで、ある程度予想できた結果です。
でも、この結果で一番のはずれくじを引いたのは、
ヒラリーさんではなく、実はトランプさんご本人ではないだろうか?
正直、トランプさんにとって一番旨みがあったのは、
責任を取る立場にならず、いいたことだけ言いまくって、
国民の期待と希望だけを十分に吸って、
接戦で敗北することだったんじゃないだろうか。
そうすれば、半永久的に期待の人物としての偶像を獲得することができたのに、
これからはそれを実像として実践していかなくてはならなくなった。


これまでは、とにかく野望をむき出しに、
今の政治に言いたい放題言える立場であったし、
暴言をはこうが、スキャンダルを起こそうが、ブーイングを浴びようが、
全く立場的に痛くも痒くもなかった。
単純に言えばあの手この手で人気取りをして、
票を集めるというミッションを遂行していればよかったし、
大統領になるという明確なゴールがあって、
そこに邁進しさえすればよかった。
しかし、ここからはそういうわけにはいかない。
国民に対して常に成功と結果を与え続ける義務が生じる。
しかも、自ら国民を焚き付けた結果、
センセーショナルな形で大統領になったという経緯からしても、
国民が抱く期待値(それも明確なビジョンに担保されたものではない)は
いまだかつてないほどに膨れ上がっている。
そのバブルが崩壊した時に、破壊度は計り知れないものだ。
これからはその恐怖に常におびえる日々を送ることになるのだ。
そんななかで、明確な答えもゴールもない職務を全うして、
その期待に応えるだけの結果を残せるのか。
最大の懸念材料は本人が全く政治活動の経験がないということ。
確かに、自らの力でビジネスの世界で王国を築いたかもしれないが、
それは所詮自分のテリトリーの中で君臨してきただけのこと。
自らが王で、自らがルールという”ど”ホームでやってきたことが
これからは国内外問わず、完全アウェイの状況で通用するのか。
アメリカ国内ではまだ多少やれるかもしれないが、
グローバルネットワークの中で、
いまだ世界の覇者としての役割を担うアメリカの舵取りは
正直荷が重すぎるような気がしてならない。


なかにはトランプ勝利を民主主義の終焉ととらえる人も
いるようだが、自分はそうは思わない。
もちろんアメリカの選挙メカニズムの問題は多々あるかもしれないが、
選挙という形で国民の声をダイレクトに反映した形で当選しているわけだし、
民主主義でもなければ、政治の世界(密室)のつながりも希薄で、
ただただたたき上げでビジネスの世界でのし上がってきた人間が
大統領になれるわけがない。
(もちろんナチス党だって選挙で選ばれているわけだから安心はできないが)


これは民主主義の終焉ということではなく、
むしろ1989年のベルリンの壁崩壊、1991年のソ連崩壊以降に構築された
”ポスト冷戦レジーム”が破綻した
決定的な瞬間だったと捉えるのが正確ではないだろうか。
つまりそれは、この30年近くの間、
比較的安定的に先進国によって運用されていた世界秩序が、
もはや構造的な疲弊によって音を立てて崩れ去り、
次の新たなレジームが構築されるまでの谷間の時代が始まりを告げたのである。
世界はますます内向的排他的思考と分断によって
激動の時代を迎えることになるだろうと懸念せざるを得ない。
イギリスのEU離脱スコットランドの独立問題、
ISISというこれまでの国家という概念を無視した勢力の登場、
人民元の国際通貨化とAIIBの設立など中国の台頭、
フィリピンのドゥテルテ大統領の親米から嫌米へのシフト…
これまでの常識(ポスト冷戦レジームの観点)からすれば
全くあり得なかったような事態が世界同時多発的に起こっているのは
決して偶然ではなく、これと同じベクトルの力が
今回アメリカでも起こったということだろう。


歴史的に見て、世界がある一定の共通認識を構築し、
それを安定的に保てるのはせいぜい100年程度だろう。
今の時代、IT技術の発達やグローバルなネットワークの複雑化によって
世界のスピードは速くなっているから、
その間隔はそれよりもさらに短く30年単位としても不思議ではない。
永久不変のパーフェクトな体制などあり得ないし、
ある体制下で、誰かが富や名声を得る陰には、必ず泣く者が生まれ、
その格差は時間を追うごとに少しずつ広がり、
いつしかその不満が明確に大きなうねりとなって爆発し、
その体制が倒されて新しい秩序が再構築される。
人類の歴史は常にその繰り返しなのだ。
だから、トランプだのヒラリーだの騒いでも正直仕方がない。
世界秩序が大きく変わろうとしているこの激動の時代のただなかで、
どうやって生き抜いていくか。
潮目を注意深く見極め、しぶとくやっていくしかない。