記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

『栂海新道を拓く』 by 小野健


久々に本の話。
あまりに読むことをしていなかった反省で、読まなきゃと。
通勤途中にちょこちょこと読んで完読。
この時期どうしても遠のく
山への想いを少しでも消化するために手に取ったのは
2015年に3000m近い白馬岳から日本海までを大縦走した
栂海新道についての著書。
この栂海新道を開拓し、
また道中にある栂海山荘や白鳥小屋を管理している
糸魚川のサワガニ山岳会の創設者にして会長さんだった
小野健さんが、自らの体験を自伝的に記した一冊。


小野さんは勤務する会社の同志たちとともに、
私財を投じ、休日もほとんど返上し、家庭も顧みず、
約10年の歳月をかけて
朝日岳直下のコルから北アルプス没する親不知の海岸線までの
トレイルを自力で開拓された方で、
その絶大なる功績で、1972年山渓山岳賞も受賞しています。
糸魚川では、この一帯の山を知り尽くした主、
地元の名士として長らく尽力されてきましたが、
2014年に残念ながらお亡くなりになられています。


中身的には、地元の山々や自然、
動植物への深い知識と愛情にあふれていますが、
いわゆる山行記録をベースにした本ではないので、
手に汗握る山歩きのルポを期待してしまうといけません。
むしろどうやって道を切り開くかというところに主眼が置かれています。
特に森を伐採するために、
各省庁との面倒なやり取りや軋轢、
果ては国有林を不当に伐採したという名目での取り調べを受けるなど、
この壮大な計画に架かる大変な労力やトラブルの数々が
正確に記録されていて、ご苦労がうかがえます。
本当に並々ならぬ信念と、山バカ根性がなければ、
きっと達しえないことです。


2年前、2泊3日という強行スケジュールで、
栂池から白馬岳、雪倉岳朝日岳ときて、
そこから長い長い栂海新道を歩き通したことが蘇りました。
果てしなく続くトレイル、尋常じゃないほどの喉の渇き、
死に物狂いで得た水場の滴のありがたさ、
豊かな植生と、青い空と遠くに広がる日本海の美しさ。
そして夢にまで見た親不知の海岸線。
海のしぶきを浴び、自らの足で歩き通した達成感と、
えも言えぬ安堵感に思わず涙したこと。
忘れられない思い出です。
その山行も、小野さんをはじめとする
素晴らしい先駆者のみなさんのおかげだと改めて感謝しました。