記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

『単独行』 by 加藤文太郎

伝説のソロクライマーにして、わが故郷・兵庫の名士、
加藤文太郎が残した山行の記録。
かの「孤高の人」の主人公のモデルとなった加藤の素顔は、
堅物で人を寄せ付けないヒロイズムに満ちた人間像ではなく、
極めて素朴で、不器用で、人懐こさの感じられる「普通の人」である。
その人間離れした体力や忍耐力、実行力は実に驚異的ではあるが、
勇猛果敢に難攻不落の地を落とすといったような 
尖鋭的でドラマチックで派手な冒険者というよりも、
下手なスキーや岩登りを克服しながら静かに山と対峙し語らう姿は、
一般登山者の我々にとっても非常に親近感を覚えるものである。


「単独行者よ強くあれ!」というキャッチフレーズは、
一見男気あふれる勇者の弁に聞こえるがそうではない。
ここでいう強さとは絶対的な体力やスキルを身につけ、
無敵な存在になるということではなく、
自らの「弱さ」を徹底的に自覚するということである。
自らの弱点や克服すべきポイントを明確にし、それに対して万全の対策を練る、
そしてその対策が本当に正しい答えなのかということを
本番前に繰り返し徹底的に試すという、
地味で堅実な作業にこそ偉業を成し遂げる下地が備わっている。
この辺りは、三菱の技師として働いていた加藤の、
エンジニアならではの堅実さが窺い知れる。


新編 単独行 (ヤマケイ文庫)

新編 単独行 (ヤマケイ文庫)


谷甲州編につづいて読んでみたが、
ロングライドに忙しすぎて3月から読み始めてようやく読破。
これを読むことでの山へのモチベーションは計り知れない。
いつか、加藤、そして松壽が没した槍ヶ岳・北鎌尾根へ行ってみたいが、
現状のスキル・経験則はそのミッションをこなすにはあまりに”弱”すぎる。
この計画はおそらくずっとずっと後になることだろうなあ。