記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

お別れの会

日曜日。
急逝したマスターとお店のお別れの会に参加。
店に置いてある数々のコーヒーカップたちを全部処分するため、
チャリティー提供し、その収益金を震災孤児に寄付するのだそう。
これだけのコレクションなのでもったいないと思ったりもするが、
残ったものをスパッと処分する潔さは、おばちゃんらしくてよいし、
思い出の詰まったカップたちが常連さんたちのところへと分散していくことで、
みながいつまでもマスターのことを店のことを思い出せる。
素晴らしいお別れの仕方だと思う。
12時からと聞いていたので行ってみたらすでに人がたくさん押し寄せていて、
多くの人に愛されていたのだなあとしみじみ。
マスターはコーヒーを入れる相手やコーヒーの種類に合わせて、
カップをコーディネートして出してくれていたのだが、
すでにカップがたくさんもらわれていてしまった後で、
残っている中からできるだけ、コーヒーを入れてもらった思い出のあるカップを選んだ。
いつもきれいにカップが並べられていた棚が、
少しずつ空っぽになっていく様を眺めていたら、
ああ本当にマスターは天国に行ってしまったんだなあと、実感せざるを得なかった。


カップも大切だけど、この空間がやっぱり好きだった。
マスターの入れるコーヒーの素晴らしさは言わずもがなだけれど、
コーヒーだけではなくこの店の持つ独特の空間で時間を忘れて”たそがれる”のが好きだった。
ただ一杯のコーヒーと向き合って、静かに時に身をゆだねる時間。
ここで知り合って、ここでしか会わない様な常連さんたちとの語らい。
ただ静かにジャズの流れる、ぬくもりのある空間だけが、
忙しい毎日の中で唯一のオアシスだった時さえあった。
それが今日で終わる。
この木のドアを開けてこの店の中に入ることはもうない。
この日はもう、溢れかえる人でごった返して、さわがしかったけど、
最後に、少しでもこの素晴らしい空間を味わおうと、
お決まりの椅子からの眺めだとか、
木のテーブルについた木目の穴だとか、
そんなのを胸に刻んでいった。


こんなに素晴らしい珈琲屋に巡り合えたことは本当に幸運なことだったのだと改めて思う。
そして不幸なことに、どんなにウマイ珈琲にこの後であったとしても、
この店以上の珈琲屋に出会うことはもうない。
みなそのことをわかっているから、名残惜しく狭い店内にとどまって動こうとしない。
そうして、あのゆったりとした時間が流れていた空間には、
いつのまにかあっという間に時間が流れるようになり、
1人また1人と店を去っていく。
そうしてついに10年にわたる歴史に幕を閉じたのだった。