記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

『奪い尽くされ、焼き尽くされ』 by ウェルズ・タワー

痛いトコをつく。
離婚、失業、青春の挫折・・・
人生のエアポケットにはまった人たち(紛れもなく我々もその一員)の、
永遠に抜け出すことのできない日常のちょうど真ん中を切り取ったといった具合。
選び抜かれたシーンはどれも、登場人物の人生に何か大きな変化をもらす決定的なシーンはなく、
結末に至っても、彼らが救われることもないし、
そもそも救われることすら断念してしまっているようだ。
かといって、事態が悪化するかと言うとそうな風でもなく、
きっと彼らにはまた今日と同じ明日が待っているであろう。
なんという停滞感。
日常からは決して抜け出せないという、身で持って実感している現実を、
わざわざあえて再確認させられ、
自らの持つコンプレックスを全て穿り返されてしまう。
まるで読者に対して、お前の人生はどうだという様に、
足枷のように重くのしかかる日常を突き付けてくる。
しかし、それを読むことが苦痛かというとそうではなく、
どの作品も熟成されたウイスキーのように焼け付くような味わい。
味がなくなるまでじっくり人生を噛みしめているような感覚。
J・ジャームッシュとか、W・ヴェンダースの映画を想像するとイメージが近いかもしれない。


このオムニバスのうち特に印象に残ったのは、
人生が行き止まりにぶち当たり、疎遠となっていた弟を自分の山に呼び寄せる「保養地」。
青春期の田舎少女が、自らの抑えきれない衝動とコンプレックスに苛まれる「野生のアメリカ」。
そして表題「奪い尽くされ、焼き尽くされ」のバイキングの話。
この最後の短編だけ、時代が一気にさかのぼり、明らかに異色なのだが
この神話的で血なまぐさい荒涼とした物語が最後にインサートされることで、
ここまで書き連ねてきたクソったれの日常が、太古の営みから地続きでつながることで、
結局人間のやることなどというのは、今も昔も変わらない、変われないというより大きな無常感に包まれる。


奪い尽くされ、焼き尽くされ (新潮クレスト・ブックス)

奪い尽くされ、焼き尽くされ (新潮クレスト・ブックス)