記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

『アサイラム・ピース』 by A・カヴァン

アサイラム・ピース

アサイラム・ピース


気付けば私のまわりは白く深い霧に覆われていた。
純白ではなく、黒が混じった穢れた霧は分厚く、
右も左も前も後ろも何も見えやしない。
私は一体なぜこんな事態に巻き込まれてしまったのか。
こんな仕打ちに合うなんて、きっと何かの間違いに違いないのだ。
わたしがわたしらしかった頃がすでに懐かしい。
いや、そもそもわたしらしかった頃などあっただろうか。
やみくもにさ迷い出口を探そうとするが、
ただ果てしなく広がっている空間は私に応えてくれない。
次第にジタバタすることに疲れ果て、
目の前にあった小さな白い岩に腰をかける。
霧は一層濃さを増し、まるで体内にまで浸食して私を蝕む。
この霧に取り込まれまいと、私は小さく小さく体をすぼめて、
ただただじっと固まったまま耐えることしかできなかった。
そうして、どれだけの時間が過ぎただろう。
気付けば私は腰かけていた白い岩と丸っきり同化してしまっていたのだった。
何も思考せず、物言わず、ただそこに物体として居座り続けるだけの岩。
もはや誰もこの白い岩が私だったことに気づかない…


深刻な憂鬱と精神的な悩みを抱え続け、
謎の生涯を送った作家、アンナ・カヴァンによる
カフカ的強迫観念と強烈な被害妄想に彩られた白の監獄。