記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

六甲全山縦走③ 摩耶山〜宝塚(24.3km)

<コース> *時間はおよそ
摩耶山(16:30)→アゴニー坂→杣谷峠→丁字ヶ辻→記念碑台→
六甲ゴルフ倶楽部→六甲ガーデンテラス(17:30)→六甲山最高峰(18:45)→
一軒茶屋(19:00)→東縦走分岐→太平山→大谷乗越→譲葉山→塩尾寺(21:30)→宝塚(22:00)


さあ、とにもかくにも摩耶までは来た。
ハイライトとなる2箇所、菊水山摩耶山の難所も無事にクリアした。
あとは山上のDWと幾度も交差しながら、勝手知ったる道で宝塚を目指すのみである。
しかし事はそう簡単にはいかない。
いくつかの重要な問題がふりかかっている。
まずは天候。市が原を出たときには持ち直すかに見えた天気だったが、
みるみる雲行きが怪しくなり始め、雨が再び降ってきた。
今日は元々気温がそれほど上がっておらず、折からの強風でかなり寒さを感じ始めた。
雨がどのくらい強く降るのか、そしてどのくらいの時間降るのか・・・
そして時間。予定では摩耶には15:00くらいには着くはずだったのが、
すでに1時間半も遅れている。
このごろはだいぶ日も長くなり、19:30くらいまでなら明るいはずだが、
この調子だと東縦走路はまちがいなくナイトハイクになる。
夜間走行になればおのずとペースも落ちるので、余計に時間が押すだろう。
そして最大の問題は、自分の体力である。
高取山・菊水山でがっつり削られ、摩耶の長い長い上りでしっかりトドメを刺された。
筋肉疲労だけなら我慢できるが、左の足の付け根と、右膝が痛む。
そして、ずっと締め付けている足の指先がちょっと動かすだけでもひどく痛む。
たぶん血豆でもできているのかもしれない。
それでも、今日はよほどのことがない限り当然完走するつもりだし、
雨なら雨でレインウェアのトライアルになるし、
夜なら夜で怖いだろうけどいい経験になる。
それにここから先は何度もチャリや歩きで行き来したルート。
特に困難な場所もなければ、迷う心配もない。
と色々とポジティブなことを考えながらも、どこかで不安を感じている。
なにしろここからの山行は未知の領域なのだから。
それでも、とりあえず歩き続けてさえいれば、そのうち宝塚にはたどり着けるだろうと、
摩耶にたどり着いたことで抜けてしまった気合を入れなおしリスタート。


裏側の山道コースでオテル・ド・摩耶に到達。
このあたりは人が多いのだが、みな夏服で寒そうにしている。
そこから天上寺の脇をぬけて、アゴニー坂で摩耶別山を越えていく。
アゴニー坂とは顎がnee(膝)についてしまうほど険しい坂だからとつけられた坂らしい。
どれだけ急かと身構えていたが、距離も傾斜も大したことがなく、
そのままDWまで下る。(逆向きだと激坂になるのかな?)
そこから杣谷峠〜市立自然の家とDW沿いを歩く。
だんだん本降りになってきたぞ。
然の家の前にあるバス停の向かいからDWを外れてサウスロード方面へと山に入っていく。
ここの上り返しがまた足にぎゃんぎゃん響く。
レインウェアのおかげで濡れることもなく、蒸れることもないのだが、
顔や手などが冷えてしまって疲れる。
パワーチャージにミルクキャラメルをひたすらに食べる。
糖分がたまらん。
サウスロードとの分岐をスルーしてそのままDWまで上る。しんど。
DWに到達すると交通量が結構あるので、慎重に向かいへ渡り、
ロストしないように分岐を見極めて三国池。
そこから裏道で丁字ヶ辻まで来る。


アゴニー坂


↓丁字ヶ辻


チャリだったらば、ここから表六甲をびゅんと下って行きたいが今日はそうもいかない。
ここからはDWの路肩すらない脇を恐怖しながら歩かねばならない。
ただでさえDWは飛ばし屋が遠慮なく走っていて、まさか歩行者がいるとも思ってないし
おまけに今日はうす曇で見通しが悪い。
最近車関連の痛ましい事故も多いので、道を脇のぬかるみを選択してトボトボ歩く。
商店のあるところから路肩が復活し、六甲山ホテルまでにわかな上り坂。
雨は振ったり止んだりを繰り返している。
記念碑台の交差点まで意外と時間がかかった。ちょっと疲れが影響し始めてきたか。
信号を渡り、六甲山小学校へ向かう路地の方へ入る。
登六庵の脇を通り、森を抜けると視界が開け、そこが六甲GCのフィールド。
六甲ケーブルへの分岐をスルーして、ネットのトンネルを歩く。
時間的にこのまま行くと一軒茶屋に着くのが19時とかになってしまう。
そこで一服するつもりだったが茶屋は絶対に閉まってしまっているので、
身動きができなくなる前にガーデンテラスでしっかりと補給をすることにする。
観音様の横を通り過ぎ、再び微妙な上りを上り返して、
クタクタで六甲ガーデンテラスに到着する。


↓六甲ゴルフ倶楽部のネット小径


↓六甲枝垂れ


ガーデンテラスはその日の最後の客で賑わっていた。
そんな華やかな場所に、やけにズタボロに疲れきったおっさんが舞い込んできたわけで
ちょっと異様に感じられたかもしれない。
とにかく時間が惜しいので、バーナーで悠長に飯を作っている場合でもないので
レストランに駆け込み、ラーメンとカレーの2食を注文し、とりあえず座る。
セルフの水をがばがば飲み落ち着く。
すでに30%の充電しかない携帯で奥さんに連絡を入れておく。
(充電を忘れたデジカメが早々に電池切れしたためカメラ機能を多用しすぎた・・・)
予定では20時までには下山しているはずが、このままでは一軒茶屋につけるかどうかといった状態。
おそらくこのまま行けば21時宝塚くらいだろうか。
東縦走に入れば電波がわからないので、連絡がつかない可能性が高いが心配無用と伝える。
そして番号が呼ばれたので、足を引きずりながら取りに行って速攻食べる。
とにかく食べる。モリモリ食べる。元気がなかったのは腹が減ってたからなのかも?
とにかく空腹だと何でもウマイ。味覚えてないけどウマイ。


↓カレーと醤油バターラーメン


トイレを済ませて夕闇迫る中出発。
あまりに寒いので、持参しているウェアのうちダウンジャケット以外を全部羽織る。
DNFするならもうここしかないが、もう乗りかかった舟なので行くっきゃない。
混雑するテラスを過ぎて、電波等へ続く細い山道へと分け入っていく。
当然こんな時間帯に山歩きをしている人はおらず、心細さが増していく。
とにもかくにもまずはここから7kmある最高峰を目指す。
あと7kmもあるのか…チャリの感覚だとすぐだが、
ここまで歩いてきた感覚と現実の体力から換算すると果てしない…
DWはそれほど起伏なくワインディングしているのだが、
縦走路は起伏のピークをご丁寧にトレースしているので意外と骨が折れる。
右膝関節の裏側、左の足の付け根(尻の付近)がジンジンと痛み、
上り階段で思うように足が上がらない。
上りはまだ我慢できるのだが、下りとなると激痛が走るようになる。
段差の激しいところになると、カニ歩きのようにヨチヨチと一段一段下りないと我慢できない。
何度も何度もDWとクロスしながら、上り下りを繰り返す。
そうこうしているうち、雨は次第に止んで、太陽は最後の輝きを放ち、にわかに明るくなってくる。
その明るさに少し元気をもらい、明るいうちにせめて最高峰で1ショットと急ぐ。
えっちらおっちら階段を上りきり、最高峰にたどり着いたのが19時前。
本当はここで一息入れてコーヒーでもと思っていたのだが、
そんな悠長なこと言ってられないので、水で我慢。
一軒茶屋までコンクリ坂を下っていくが、足がたまらず痛い。
茶屋はとうにクローズしていたのでスルー。
ここから一部を除いてDW沿いに歩かねばならず、できるだけ道のはじを選んで歩く。
石宝殿を過ぎ、ようやく東縦走路の取り付きに到着したのが19:30。
時を同じくして、日没サスペンデッド。
標識には宝塚まであと12kmの案内…
ここからはアップダウンがそれほどないとはいえ、
数か所はロープのある急斜面を下らなくてはならない。
それに大谷乗越へは激階段の下りがある。これが疲労した足にどれだけの追い打ちをかけるだろうか。
そしてここからはDWから完全に離れたルートとなる。
うっそうとした林の道なので、眺望もなく、全く明かりのない区間になる。
頼れる明かりはヘッデンのみ。
何度も歩いた道なのでロストする心配はないし、チャリで夜の山道には慣れているつもりだが
本格的な山道は初めて。ましてソロ。怖くないはずはないが、後戻りはできない。
意を決して舗装道を離れて、東縦走路へと足を踏み入れる。


↓東縦走路に入る。あと12km…


東縦走路に入ってしばらくは、まだ夕陽の残り日でごまかしごまかし進んでいく。
幸いにしてこの日は満月かそれに近い月なようで、わずかでも明るさを得られる。
ヘッデンはぎりぎりまで着けず、夜闇に目が慣れている間はこのまま進む。
最初の方はアップダウンも少なく、闇にも対応できてそれほどペースを落とさずに進む。
自分がどの辺にいるのか、どれくらい進んでどのくらいの道のりが残っているのかさっぱりわからない。
ただ真っ暗な画面の中を黙々と前へと進む。なんだか不思議な感覚に陥っている。
風が相変わらず強く茂みが大きく揺れ、それが何か獣のように見えてドキっとする。
東縦走路で猪に遭遇したことはないが、それは昼の話で、夜のことはわからない。
こんな状況でこんな場所で出会ってしまったらもう何にもできない。
そうこうしているうちに、それとなく既視感を感じる場所にでくわす。
おそらく、座頭谷から歩いた時に船坂峠から東縦走に合流した地点だろう。
とすればもう少し行けば逆瀬川源流への裏道ルートととの分岐があるはず。
しばらく歩いてみると…あった!
ということで大体の自分の位置を確認できた。
ヘッデンをつけずにまだまだがんばる。
でも少し怖いので大声で歌でも歌いながら進む。
徐々にハードな下り区間に突入し、ロープを補助に慎重に下るが、
さすがに明かりなしでは足元の微妙な路面状況をつかめず苦戦し、
何度か足をくじいたり、思いがけず勢いがついて転んだりを繰り返す。
苦戦しているとどこからか明かりがグイーングイーンと暗闇を切り裂く。
DWを通る車のライトがこんなところまで届くのかあ、とか思っていたら、
その得体のしれない明かりがぐんぐん近づいてくる!
え?何?何?怖い怖い?ネコバス?未知との遭遇?なんなの〜!!!モルダー!
と思ったら、自分が下ってきた道をえっほえっほとトレランランアーさんが下ってきました〜。
や〜んおどかさないでくださいよ〜と思ったが、向こうのほうがこちらをみてギョッっとしている。
そういえば、こちらはヘッデンも何もつけていないから、
向こうからしたらよっぽどこちらのほうが得体のしれない動くものだったわけだ。
軽く挨拶をし、互いの健闘をたたえ合ってさようならする。
それにしてもこんな時間に、歩いている人はいるもんだなあ。
ちょっとドキっとしたが、少し元気をもらう。
少なくとも宝塚までこの暗闇の中を歩いているのは自分だけではない、その事実だけで十分。
そしてこれが潮時と、ヘッデンをようやく装着する。
こんな小さなライトでもさすがに強力で、視界復活。
転倒したりする前にもっと早くつければよかった。
でも照らされているところはいいとしても、
それ以外の部分の闇は余計に漆黒となり恐怖感が増す。
自分の荒い息遣いと足音、そしてうなり声のような強風の音、
それ以外の一切の音が聞こえない。
静寂と闇の世界でただ一人、傷ついた足を引きずりながら下界を歩く、
それがこれほど怖いものだとは思わなかった。
でもその恐怖に飲み込まれてしまったら一歩も動けなくなってしまうので
ああだこうだ歌ったりしながら、気づかない振りをして進む。
そうのうちにアスファルトの道に出た。ようやく太平山である。
明らかな人工物というだけで少し肩の荷が下りる。
しかし、足は確実に弱ってきていて、うまく地面をキャッチできていない感じ。
しばらくアスファルトを踏みしめて、曲がりどころを注意深く探して、
大谷乗越までの激下りに入る。
これがまた、関節という関節に大いに響く。
わあとかギャアとか、痛ッとか、ヒーとかあらゆる表現を漏らしながらも、
とにかく前へ進んでいくしかない。
ヒーヒー言いながら下っていると、後ろから再びのライト。
さっき経験済みなので事も無げにトレランランナーさんとご挨拶。
しばらく互いの歩いてきた道のりだとか、トレランの話をする。
相手さんはどうも途中で下り口を間違えて全然違うところまで下りきって
思いっきりタイムをロスして、ようやく縦走路に復帰して宝塚を目指しているところらしい。
それにしても、どうしてか自分のことをトレランランアーだと思っている様子で、
いっちょこっから走りますか的なノリだったのだが、
装備を見れば明らかなはずなのだが、この状況で走れるわけもなく。
互いの健闘をたたえあってサヨウナラをする。
それにしてもあの軽装備・薄着でよくまあこんな夜山を走るもんだ。
恐るべしトレイルランナー。
そこから再びペースを落として、関節にどうにか負担をかけないように気を使いながら下る。
激階段をどうにか手すりをフルに活用して下りきると、ハニー坂の道に出る。
この大谷乗越を左右の車に注意して渡りきり、即また深い山道に分け入る。
あとどんくらい?もうわからないヨ。
これが現実なのか何かの夢なのか、現実感がとにかくドンドンなくなって面白くなる。
ナントカハイみたいな状態でテクテクと歩いていく。
ただそのうち関節に強烈な痛みが走って現実に引き戻される。
ぐいっと右へと道が大きく湾曲して、その先から少し上ると、見覚えのあるわき道。
こんな状況ながら欲張りの虫は貪欲。
で、分け入ると目の前にはすばらしすぎる大阪平野の夜景が広がっていた。
これを感動といわず何と言うか。
少しだけザックに腰を下ろし、水分と糖分を取る。
もう少しであの明かりの中に行ける。もう少し。もう少し。


↓譲葉山からの最高の夜景で一息


そこからはもう激痛との闘い。右も痛ければ左も痛い。
引きしまった指先もかなりしびれてきた。
水飲んだりなんだかんだごまかしながら進むが、
ここから一気に下っていく区間なので関節への負担がどうしてもくる。
予定している時間から大幅に遅れているし、奥さんに無事の電話も入れないといけないし
急ぎたいのは山々なのだが、できるだけ衝撃を抑えて下ろうとするとペースが落ちる。
左手に名塩の住宅の明かりと中国道の騒音が響いてきて、そろそろゴールが近いとわかる。
油断せずに大きな落差の段差を下っていくと、ぼわっと薄明かりが見える。
塩尾寺にからくも到着です。時刻は21:10。
これでいわゆる山道からは脱出。あとは駅までもうひと踏ん張り。


↓塩尾寺


山道を外れたことで安堵して、少し気が抜けてしまったのかペースが上がらない。
まっすぐ歩いているつもりがふんばりがきかずフラフラする。
ここはヒルクラTTコースでも有数の激坂だが、そのせいでどうしてもつま先に重心がかかるので
指先が死ぬほど痛い。まじで死ぬほど痛い。
飛び上がりそうなのを抑えながら少しずつ下っていくしかない。
途中宝塚を一望するスポットで電話が鳴る。
奥さんがあまりに遅いので心配して何度もかけてきていたようなのだが
当然山の中は電波がなく、心配をかけてしまった。
携帯の充電もほとんど底を尽きかけている中、とりあえず下山は完了したことを告げる。
さて、あともう少し下らなければならない。
とにかく歩け歩けとブツブツつぶやきながら、ようやく宝塚温泉まで辿り着く。
時間を確認すると22:00前。
塩尾寺からまさかまさか1時間もかかるとは思いもよらなかった…
予定よりも大幅に遅れてしまったがなんとか無事に縦走完了。


↓命からがら宝塚


JRで帰ると間違って乗り過ごしの危険があるので、阪急宝塚線で帰る。
とりあえず水飲んで残りの補給品を一切合財食らって、
爆睡…のつもりがあまりに疲労しすぎて寝ることもできず。
梅田から歩いて帰るつもりだったが、
距離的に中津の方が近いので中津で降りたが、
駅から地上に出るまでの階段が痛すぎて痛すぎて泣ける。
それでも家に帰るまで1時間かけて歩きとおして、ようやくフィニッシュ。
帰ってブーツを脱ぐと、左足の小指の爪の中が血で固まって真っ黒だった。


とにもかくにも一度トライしてみたかった六甲全山縦走を達成できた。
純粋にうれしいし、また一歩先へ進めそうな気がする。
予想以上にハードな山行になったが、おかげで雨、強風、ナイトハイクと
色々とトライアルもできて満足である。