記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

『登頂 竹内洋岳』 by 塩野米松

登頂 竹内洋岳

登頂 竹内洋岳


世界で29番目、日本人で初めて世界の8000m峰全14座登頂を果たした
プロ登山家、竹内洋岳の最後の2座登頂の様子を追ったノンフィクション。
同著者による一作目の『初代 竹内洋岳に聞く』の続編で、
主にご本人のブログ記事や、無線通信履歴、インタビューを通じて
ガッシャーブルムⅡ峰での雪崩遭難からの生還後、
新たなパートナーを得てチョー・オユ(8201m)とダウラギリ(8167m)に挑む様子を描き出している。
本としては、口語の文体が続き、
山岳本にありがちな専門用語の羅列などというものもないので、
非常に読みやすく、また非常に親しみやすいものとなっている。
これは、竹内さんのスタンスが大きいのだろうと思います。
というのは、彼は”プロ”の登山家として、
普段なかなか感じ取ることのできないヒマラヤという地の現状を
広く一般に伝える、高所登山の実情を広めるという使命感があるということ。
また、登山を”スポーツ競技”としてとらえており、
その記録を公平に審判してもらうという意味でも、
活動の一部始終をできるだけ透明化して、
できるだけわかりやすく、広く知ってもらうというという意識が高いからである。
彼の業績は当然ものすごい偉業ではあるのだが、
それをヒロイズムの感傷に陥るでもなく
(かつての日本山岳会はその傾向が非常に強かったし、
そもそもヒマラヤ登山=日の丸を背負うという悲痛な使命感を帯びていた)、
非常に冷静かつ論理的に登山を振り返る様が、
まるで何かのスポーツのリプレイを解説者がわかりやすく説明しているかのような感じで
そのスタンスが非常にユニークだったりする。
以前にも書いたが、話し方やふるまい方がヤンキースイチローに非常に似ていて、
周りの一喜一憂にふりまわされず、
自分自身を極めて客観的に観察しているなという印象です。



14座制覇というのはまさしく偉業なわけなのだが、
その偉業が86年にメスナーによって初めてなされてから、
30年近くたち、世界的にも25人以上が達成をしているなかで、
いまだ日本人がそれを成し遂げられていないというところに対しての
並々ならぬ決意とプロ意識を見せる一方で、
今回、全くオープンに同行者を募集して山に挑んだり、
(性別不問、国籍不問、経験不問、現地集合現地解散!)
単にサミットを極めるという結果だけではなく、
そのプロセスの1刻み1刻みをエンジョイしようというところが非常に興味深い。
その同行者を募ったパーティーでも、
先駆者である自分がリーダーとして積極的にパートナーを引っ張り上げたりするのではなく(自分は決してガイドではない!)、
あくまで全員がリーダー、全員がイーブンな立場であるということを何度も表明している。
山で自己責任というのは実に根本的なスタンスではあるのだが、
頼り頼られるのではなく、共有できるところだけ共有して、
それぞれのメンバーが独立独歩の立場として成立するパーティーというのは
非常に魅力的だったろうと思いますし、そういう考え方にとても共感します。
(なかなかそういうスタンスをわかる人、実践している人は少ないが)
そういうプロセスを一度きちんと踏み、経験するということを
達成目前になってなお、おさらいしておくというのがまた竹内さんの律儀さというか、
単にサミットプッシュだけが登山ではないというところだと思います。
一応14座という通過点を過ぎて、次はどんな山に挑まれるのか、
竹内さんの挑戦をこれからも見守っていきたいと思います。