記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

めざせ日本海!あこがれの栂海新道 2日目 最も長い一日

前日は、一人1枚の布団でゆったり寝ることができたので、
かなりしっかりと睡眠を取れて、体力が回復しました。
4時に起床し、うるさくならないように荷物一式を廊下に出してから荷造り。
一度外の様子を確認するため出てみると、かなりの冷え込み。
ただ、空は前日と打って変わって澄み渡っており、天気は最高になりそうだ!
じゃないと困る!
小屋に戻り、トイレに駆け込み一発かまして、
朝飯に前日買ったおにぎりを食べる。
もろもろ暗がりでかじかむ手で作業してたら予定を少しオーバーしてしまい、
4:45に小屋を出発。
長い長い一日のはじまりです。


周囲はすでに起きて行動している人が多く、
ご来光を見るために白馬岳へ登る人たちが結構いました。
でもこの時間からザックかついでいる人はおらず。
まだ薄暗い中、カリカリと白石を踏む音を響かせて5分ほどで登頂。
東の空を見ると、うっすらと鈍いオレンジの光が
ゆっくりと夜をこじ開けようとしているところでした。
山頂で一息ついて、1枚だけカメラに収める。
本当は、間違いなく素晴らしい景色を見せてくれるであろう朝焼けショーを
存分に楽しみたいのだが、
今回はこんなところで悠長にしている場合ではない。
とにかく先を急ぎます。


↓朝が来る


にぎわいを見せる山頂をあとに、一路北を目指して、白馬岳を下ります。
いよいよここから3000m(正確には2932m)→0mの長い旅路のスタート。
さっきまであれほど人がいたのに、この時間から先へ進む人は皆無で
ヘッデンの明かりを頼りに、ゆっくりとガレガレの急斜面を下ります。
幸い空が晴れていて、わずかながらに朝日がアシストしてくれているので
全く足元が見えないということもなく、しっかりと前方を確認して進みます。
前日登ってきたときに確認しておいた危険個所や、間違いやすい個所も、
しっかりとクリア。
30分ほどかけて、ようやく三国境に到達。
ちょうど日の出時刻が5:30頃ということでタイミング的に近いのだが、
ここからは残念ながら昨日歩いてきた小蓮華岳の尾根がガードをしていて見えず。
その代わりに、反対側の西北方面を見ると、
はるか遠くにうっすらと黒部市入善町・朝日町の街並みが見え、
富山湾の向こう側には能登半島がぽっかりと雲を被っているのが見える。
早くも海が顔をのぞかせ、テンションが上がります。
しかし、あそこまで行くのか…行けるのか…
この時点で空はずいぶん明るくなってヘッデンもいらなくなってきました。
朝の冷え込みで相当厚着をしていたのだが、
そろそろ暑くなってきたのでここで着替え。


↓三国境から死地へ参る!


能登半島に雲がかかっているのが見える


さて、いよいよメインルートから外れて、
アドベンチャーの領域へと足を踏み入れます。
わくわく、ドキドキ。
白い石が堆積した貝塚のような山肌を下っていきますが、
どの岩は脆く、トレッキングポールを叩くたびに、
上からカラカラと流れてくる感じ。
歩いていても本当に骨を踏みしだいているような感覚で、
ザックザックと進みます。
なだらかな尾根に出て、しばらく歩き、左手側から大きく下りに入ります。
相変わらず岩が雪崩れやすいので慎重にジグザグをこなしていきます。
最低鞍部まで到達すると、
前方からかなりでかいザックを抱えた人とすれ違いご挨拶。
この後も数人すれ違いましたが、
おそらく前日は雪倉避難小屋に泊まられた人たちと思われます。
白馬岳と旭岳に挟まれた広大なカールを左手に臨みながら、
にわかに登りに差し掛かります
前方に雄大な鉢ヶ岳がどーんと立ちはだかりますが、
残念ながら?登山道は山頂を通ることなく、山の右手の中腹をなぞって、
雪倉岳との間の鞍部へと続いています。
右斜面をトラバースするような形で進むのですが、この道も岩だらけで歩きづらい。
途中、ガレガレの岩沢をまたぐのが何か所かあるのだが、
そこもあまりきちっと整備されていないので慎重に進む。
そこから再び急斜面となり、えいやと登りきると、
ちょっとした広場みたいなところに出る。
そこで朝日を見ながら朝食をしている老夫婦がいらしてご挨拶。
邪魔をしないように岩の間を抜けて、さらにその先の登りをこなすと、
広大に広がる鞍部へと抜け出ました。


↓振り返って白馬岳


↓朝日!


↓燃える雪倉岳


↓どっしりとした山容


ここでようやく雪倉岳を真正面に対峙することになります。
標高2611mのこんもりとした山は、ここから見ると結構大きくて圧倒されます。
よく見ると色づき始めた緑の尾根をそのままストレートに登山道が伸びているようで
これはしょっぱなから結構きついのぼりになりそう。
まずはふもとまで広大な平原を渡っていきます。
スケール感が日常とまるで違うので、
すぐそこに見えていながらもなかなか距離が縮まりません。
そうして、6:23にふもとにある雪倉岳避難小屋に到着しました。


雪倉岳避難小屋


ここに6:30にはたどり着いておきたいと思っていたので、ちょうどいいペース。
これからの登りに備えて7分ほどここで休息を入れます。
中をちょっと覗いてみると、避難小屋と言いながらも結構きれいにされていて、
10人ほどなら頑張ったら入るくらいの大きさ。
ここから先、本日の終着点の栂海山荘まで、トイレはここしかないので、
ちょっと拝借してしっかり出しておきます。
用を足してから、行動食を食べながら、ここまでたどってきた道のりを眺める。
白馬の裏側がここからよく観察できるのだが、
やはり偽ピークがタテガミのように波打っているのがよくわかる。
十分に休息を済ませて、いよいよ第1の関門、雪倉岳に挑みます。


↓振り返って白馬岳。偽ピークの具合がよくわかる


小屋を出るとすぐに、こんもりと浮き出た尾根道を直登していきます。
徐々に斜度も上がっていくが、テンポよく上がっていきます。
高度を上げていくにつ入れて、振り返る景色も壮観となり、気分も上々。
途中でへばることなくペースを維持して上がっていきます。
そうしていったん広いスペースにたどり着いたのですが、そこは偽ピークで
さらにその上にガレガレの道が続いています。
それでもすでに一番しんどい個所は過ぎているので、しのいで少し進むと
ようやく雪倉岳に登頂しました。
時刻は7時すぎ。ふもとから30分ほどで上がってこれました。
ここは絶対きついと思って長めのタイムを予定していたので、
思わぬマージンを得ることができました。
ここまで上がってくると、この山自体で隠されていた
北側の景色がバアーっと一気に広がります。
まずは、すぐ前方に次の山、朝日岳がこれまた威厳たっぷりに鎮座しています。
その少し左手の平の部分に、可愛らしい真っ赤な三角屋根の朝日小屋が見えます。
ただ、今回は直登する予定なので、あそこには寄りません。
すごくいい小屋だという話をよく聞くのでぜひ泊まってみたい小屋なのですが、
それはまた別の機会に。
そしてそのさらに西側には、
朝はぼんやりとしか見えていなかった富山の街並みがくっきり。
まだまだあまりに遠くにあって、まったく現実感がない。
翻って、東側を見やると、戸隠、妙高といった長野の名峰たちが、
まるで緑のミルフィーユのように折り重なり、朝日を浴びて輝いています。
ん〜素晴らしい!
最後に白馬方面を振り返れば、白馬岳のさらに奥に、白き頂が顔をのぞかせています。
剱岳立山です。
そしてここからは見えないが、これらの山と山の間は、
去年訪れた黒部渓谷が間違いなく流れているのが、想像することができます。
そして白馬岳とはここでお別れとなります。さようなら。
それにしても朝イチからなかなかの眺望です。
普段ならこの絶景を見れただけでも十分満足ですが、
今回はここで歩みを止めるわけにはいきません。
しばらくしたら、さらに北へ奥へと進みます。


↓もう少しで山頂付近から


雪倉岳山頂


↓次のボスの朝日岳、左側の朝日平に小屋が見える


↓黒部、朝日町の街並みが見える。中央の流れは黒部川


↓火打・妙高・戸隠連山


↓劔、立山が見える


雪倉岳のなだらかな山上をのんびり歩きながら高度を下げていきます。
前方の朝日岳をとらえながら進んでいきますが、
この辺りから見ると、一見尾根伝いに進んでいくのかなという風に見えます。
それならば、確かに一度大きく下らないといけないけれど、
戦前の予想に比べたらそれほど上り返しがきつくないんじゃないかと楽観的になります。
ジグザグと緩やかで広大な北側の斜面を下りていくと、
さっきまでは確認できなかった、大きな隔たりが明らかになってきます。
しかも前方を注意深く見ると、どうも登山道が主稜線から大きく右へとそれ、
細い枝尾根から一気に激しく下っている。
朝日岳はどう考えても自分より左手にあるのだが、大きく迂回しているのだ。
そしてその先はいったん登山道の所在が分からないのだが、
朝日岳のかなり根元のほうに、水平にラインが切られているのが見えるので、
きっとあそこにつながっているのだろう。
しかし、明らかに朝日岳へののぼりが待ち受けているのに、わざわざ下るのだ!?
と、思っていたら、いきなり前方に大きな岩礁があり、
そこで突然断崖となっているのだった。
ナルホド…確かにこれはまっすぐ進めないワ…
一応、あまりに急激に右手へ折れているので、
別の道(蓮華方面へのエスケープ)と間違っている可能性も捨てきれないので
地図で確認し、間違いないことを確認して進む。
それにしても、一気の下りで、
かつザレザレで非常に滑りやすい道なので慎重に下ります。
この辺りから再びポツポツと対向者とすれ違いが始まります。
どうも朝日小屋を発った人たちのようです。
ということは栂海新道を登ってきたってこと?お、おそろしや〜@@@
そのうちの一人、明らかに山慣れした若者と
すれ違いの時に少しおしゃべりして情報交換。
自分が今日初めてすれ違う相手だったようで、
今日はどこまでと聞かれたので栂海山荘までだというと、
「いや〜〜〜キツイっすよ。まじで!」と卒倒されていました。
きっと朝日小屋から栂海山荘へ向かう人はいるでしょうが、
白馬山荘からスタートしている人は、少なくとも自分の前方にはいないようです。
若者は、今日は白馬岳を越えて、白馬鑓ヶ岳にある天狗山荘まで向かうようです。
それはそれでかなりハードな山行です。
お互いの健闘祈ってがっちり握手を交わしてお別れをし、それぞれ先へ進みます。


朝日岳の前に、大きく下る…


大きく右手へとカーブを切りながら、ヤセ尾根を激下って、
その先はどうなっているかというと、登山道はぐるっとトグロを巻くように、
雪倉岳の北側の斜面にへばりつくような形で、
東から西へと大きくトラバースしていきます。
さっき上部で見ていた断崖の中腹を横切っていくのですが、
ここもあまり十分に整備されている感じではなく、
ザレザレのトレースが薄くついているだけで、
しかも斜面側にバンクがついているので、ちょっとつまづいたら谷底へ一直線。
とにかく滑るので慎重に進みます。
一か所、枯れた岩の沢を上り返し、山の西側にたどり着くと、
そこから、雪倉岳朝日岳のちょうど間にある最低鞍部へのなだらかな下り。
そこでは朝日小屋を発った後続のパーティーや単独者と何度かすれ違います。
しかし、ここまでかなーり下ってきました。
マズイです。登り返しがすでに怖い…
8:14、燕岩と呼ばれる場所に到着。しばし息を整えます。


↓随分下ってきました


ここから道は北ではなく、真西へ向かうようにして、進んでいきます。
生い茂る木々の間につけられた水平道をえっほえっほと進みます。
この辺りはそれほど斜度はないので(後が怖いけど)、
ここはペースを上げて時間を稼ぎます。
切り立った絶壁の真下を横切るようにして、進んでいくと、
一か所上部が大きく崩落した岩場を抜けていきます。
こういうところは何もなくても長居したくないのでさっさと抜けます。
そのうち、後ろに気配を感じて振り返ると、1人の若者が追随してきました。
しばらくはこちらも対抗してペースを上げて引き離していたのですが、
明らかに向こうのほうが速くて強い。
ただ道が狭いので道を譲れないので、狭い道を抜け、
突如目の前に広大な湿原と木道が現れるところで、ようやく道を譲ります。
その時に、少しお話をすると、今日は朝日泊まりか栂海泊まりかまだ迷っていて
とりあえず水平道分岐まで行ってから決めようと思っているとのこと。
距離は確かにえげつないのだが、まだ今の時刻は9時前で、
体力さえあれば日暮れまでにはどうにかなるし、
今日はまず天候が崩れないけど、明日明後日はわからないから、
進める時に進めるだけ進んでおいた方が絶対いよとアドバイスを送る。
どっちみち自分は栂海まで行くよと告げると、
「マジですか!?じゃあ僕も頑張ろうかな」という。
自分よりも重いテント装備で、明らかに自分よりペースが速いのだから、
自分より絶対体力もあるし、ビビらず自信持ってチャレンジしたらええやんというと
「じゃあその方向で頑張ります!」と一念発起しておりました。
この日唯一の同一方向への登山者は、
そう言い残すとびっくりするペースで先へと進んでいきました。


↓大きく左への巻き道が続く


↓突然木道が出現


若者を先行させたら、自分も先へ進みます。
突然広々とした湿原が広がり、それらが色づいて何とものどかですが、
しかしあんまりのんびりと景色を愛でる余裕はありません。
トントンとリズムよく木道を鳴らしながら進んでいきます。
前方にはようやく朝日岳が姿を現しました。
明らかに登り返しがしんどそうです。
登山道は広々とした湿原の上をゆく木道から、
交互に周辺のブッシュへと切り込んでいくような感じで、
その区間は足元のぬかるみがドロドロで、
うかつに足を置くとベチャーン!と泥の中に靴が沈み込んでいきます。
前方をうまく伺ってできるだけ被害の少ないポイントを定めて抜けていきます。
この辺りでは、朝日岳の登りに躊躇しているかのように登山道は山へはむかわず
あわよくば横切ってスルーしかねないような方向で、水平に進んでいきます。
そうして、ずんずんとぬかるんだ道を歩いていると、前方に人影。
さっき先行していった青年です。
ちょうど水平道分岐で、このままこの緩やかな道を行けば朝日小屋へ、
そしてその脇からブッシュに直登している道を行けば直接朝日岳の山頂へ続いています。
さっきの青年が地図を確認しながら、
「やっぱかなりありますねえ、どうします?」と聞くので、
いや行くしかないでしょうと答え、写真を撮って水を飲んだらすぐに出発。
そのタイミングで青年が先行して上がっていきます。


↓水平道分岐


青年が、「僕登りが遅いので遅かったら抜いてください」というので、
「テント装備でそれだけ速かったら言うことないわい!」と返すと、
笑ってずんずん先行していきました。
この登りがもうそら本当に急で、ブッシュに張り付けられた道は
上へ上へ体を上げ続けないとズルズルと滑ってしまうような程の斜度。
しかもご丁寧に枯れた笹の葉が敷き詰められていて余計に滑る。
この間の三大急登であるブナ立尾根なんかよりもはるかに急な登り。
先行する青年に負けじとペース上げ上げで行ったのだが、もうダメ。
おそらく今年一番の急登だったかも。
途中でたまらずペースを落として、一歩ずつ確実に高度を上げていく。
何度も足が止まりその度に大量の汗が噴き出す。
おいおい、0mまで下るんじゃないのかよ〜。
なぜこんな急登があるんだよ〜。
と嘆き節を吐き出しながらも、しかし前へ進むしかない。
どうにかこうにか急登を登りきり、前方が開けたと思ったらまだ中腹でした(泣)


↓思いがけずの急登!


↓振り返って。ようやく雪倉岳と同じくらいまで登り返してきた


そこから登山道はいったん山を大きく東側に迂回するようにつづき、
そこからさらに上部の山の様子が見えます…
まだまだあるよ…
この東側は結構道がギリギリで、ザレザレなのでペースを落として慎重に通過します。
不安定な東斜面のジグザグを抜けると、
今度は西へ向かって緑のトンネルの中を進みます。
相変わらず斜度は優しくなく、ただ道の先に青空が見えているので、
もう少しだぞと言い聞かせて、足に力を込めて進む。
しかし、そこから道は西から北向きに方向を変えただけで、偽ピークですらなく、
まだまだ果てしなく続く道に力なく息が漏れるだけ…
そこから淡々と登りをこなしていくと、前方がさらに開け、
奥に山が続いているのが見える。
ああ、まだまだじゃん、と思ったら力抜け、いったんここでザックを下ろして小休止。
いやあ、朝日岳なめてた〜。
しばし息を整え、前方に見えている荒廃したザレザレの斜面へと向かいます。
山肌に沿ってクネクネと斜面をなぞって、その斜面へ取り付く。
えっちらおっちら滑りやすい斜面と格闘していると、
上から人が降りてきたので、もうこの上山頂ですか?と聞くと、
「う〜ん、あと10分はかかるかな?」と答え。
おおおお、まだあるんかい!
絶望しながらも、礼を言ってトボトボと歩きます。
ザレ場を越えて、再び西側のブッシュの中へ道は続き、そこを越えると、
さっきのデジャブのように、また前方に似たようなザレ場。
ここには木板で急な階段が設けられているのだが、
荒廃して根元がむき出しになっている。
荒れた土の登りをこなすと、上部は木道となっていて、しばらく進むと分岐点。
そこを左折してわずかに進むとようやく2418mの朝日岳の山頂に達しました。
ひえ〜。


朝日岳


時刻は10:05。なんとか今回の最大の山場である朝日岳をクリアしました。
事前のプランではここに11時までに達していなければ撤退と決めていたのだが、
それより早く到達できた。
まずは記念撮影を済ませます。
ここからは振り返ってみてももはや白馬岳は影をひそめ、
雪倉岳がすでに遠くに見えます。思えば遠く来たもんだ〜。
東の山々は相変わらずフルコーラスを響かせているし、本当に素晴らしいお天気。
これから進む北側の様子はというと山のカーテンは幾重にも連なっているのが見える。
その連なりを目で追っていくと、ちょうど中間の山のトップに、
小さく赤い屋根が見える。あれが今日たどり着くべき栂海山荘。
あそこまでざっと勘定しても標準タイムで7時間の道のり…
この日この朝日岳まで5.5時間近くで約13km歩いてきたが、
ここでようやく半分来たにすぎないのだ…
なんというハードなスケジュールなんだっ!
そしてその山のつらなりのさらに一枚後ろの山に、さらに小さく白い塊。
あれが白鳥避難小屋のようです。栂海山荘から白鳥山まではさらに4時間…
そしてその山々の間の谷筋を目で追っていくと、
東北の彼方に糸魚川の街並みが!
見よ、あれが糸魚川の灯だ!なんつて。
たしかにそびえる名峰の姿も、アルプス的な絶景も見えるわけではないが、
海の際までこれでもかと敷き詰められた山の連なりに、
圧倒されると同時に、無情な果てしなさを感じてしまいました。
目的地はすでに見えているけど、遠いのよ!
この感覚は以前に感じたことがあります。そうです六甲の全縦走のようです。
あれも後半になると前方の山々の連なりやその先の須磨の海が見えているのだが
一向に差が縮まらず、疲労と焦りで頭がぐしゃぐしゃになります。
それを今この北アルプスの地でやっているのです。
四の五の言っても、もはや進むしかありません。


その前に、さすがに消耗が激しいうえに、
朝はおにぎり1つだけで来たので、ここでしっかりと休息を取ります。
白馬山荘で支給されたお弁当を広げます。
中にはパン2個、ホモソーセージ1本、オレンジジュースのパック1つ、
それからプロセスチーズ2個とリンゴ味のジェル。
手持ちの水はすでにここまでに飲んで、
残りは麦茶1/2、スポドリ1/2、水2本しかない。
これで晩の炊事分まで含めてまかなわないといけないので
もう水のやりくりはギリギリです。
(さらに水1本+コーラ1/2本あるがこれは3日目の分で絶対に手を出してはいけない…)
すでに喉カラカラでがぶ飲みしたのだが、
それをしたら、間違いなく死ねるので、
本当にのどから手が出そうな状況を我慢して、
ここからは1回に3口とか、厳密な水分補給をすることになる。
ここでは、パンを食べたかったけど、
絶対この乾いた喉では水なしに飲み込めないのであきらめ、
チーズとオレンジジュース、それからリンゴジェル、
ヤングドーナツだけで昼食を終了する。
わずかながらも甘味を感じ、水分を入れたことで体は若干ながら回復する。
そして15分ほどで重い腰を上げて、先へ進むことにします。


↓前方の山脈の中央にこの日の目的地、栂海山荘の赤い建物、さらに奥に白い白鳥避難小屋が見える


さて、この朝日岳まででこの日の行程のちょうど半分。
無数にあるアップダウンの中でもとりわけ大きなギャップである、
雪倉岳朝日岳の登り返しも含めてどうにか5.5時間でまとめあげ、
現在の時刻は10:30。
この2つのギャップより大きな登り返しはもうないことも考えると、
いくら終盤に消耗でペースが落ちても、
日没の18時までには何とかゴールにたどり着けるのではないかという、
甘い計算も成り立つぐらいとなってきました。
しかし、それはそれ、お天気がいいのはありがたいのだが、
その分日差しの暑さに消耗し、そして水分補給が厳しい感じ。
足の方は出発前に新しいソールに履き替えたのが
功を奏してまだダメージは大きくない。
問題は足よりも肩。
自分史上最重のザックがひたすら肩に食い込み、
もう真っ赤に腫れて擦れるだけでも痛い。
そしてその重みのせいで主に左肩が痺れてしまって、とにかく重くのしかかる。
ここまででももう荷物捨てたろうかい!と何度も思いましたが、
そういうわけにもいかない。
とにもかくにもまだ半分。
まだ半分しか来ていないというごまかしきれない事実が一番こたえる。
現実に絶望しても始まらないので、支度をして出発します。


少しだけ来た道を戻り、分岐を右手方向へ進みます。
すると前方の一段下のところにはなだらかな平原が広がっていて、
そちらまで歩きやすい道が続いていました。
ここは比較的なだらかな下りで、
東側の雨飾山や火打・妙高、戸隠連山などの様子を真正面に眺めつつ下っていきます。
下の方に、分岐点があるようで、そこに豆粒サイズで人がいるのが確認できます。
その人たちはこちらへと上がってきました。
徐々に高度を下げ、先ほど見えていた人たちともすれ違い、
吹上のコルと呼ばれる分岐点に到着したのが10:45でした。


↓まだまだ先へ進みます。背景のブルーに段がありますが、あそこが空と海の境。


ここ吹上のコルは、蓮華温泉へと下る五輪尾根方面と、
今から突入する栂海新道との分かれ道。
途中エスケープできるほぼ唯一の分岐ですが、
もちろん、左手の道へと分け入っていきます。
ここにある大岩に目印として、赤マークで「↑日本海」と書かれてあって、
栂海新道をチャレンジする人にとっては、
いよいよ戦いが始まるランドマークとなっています。
こんな山の中で、海はこっちという標識が出ているのもここくらいじゃないでしょうか。
思わず気合が入ります。


↓吹上げのコル


↓いよいよ栂海新道突入!


この「日本海」とかかれた大岩の上をまたいで、
ついに栂海新道に入りました。
全行程の半分を費やして、ようやくスタートラインに立ったのです。
道はすぐに深い森の中を突き進むようになります。
ここまでしばらく直射日光が降り注ぐ中を歩いてきていたので
木陰が心地よく、道もそれほどアップダウンがあるような感じではなく、
ずんずん進みます。
しばらく歩いていくと、急に視界が開け、
前方にいくつかの池が点在する大きな湿原に入ります。
木道が設定されていてそこをタンタンと進んでいきます。
それにしても、急に景色が目まぐるしく変わっていくので、本当に面白い。
この湿原をなぞるようにして、木道は先へ続き、
その向こう側の空へと乗り越えていきます。
そこまで到達すると、今まで見えていなかったその先の景色が広がりました。
今回はひと山越えるたびに、
その山で遮られていた向こう側の風景が次々と立ち上がり、
その上、見せる風景が高度の差によって様々なバリエーションなので、
本当に面白い。
ああ、次のステージに進出したんだなと感じます。


↓いきなりの大湿原


果てしなく広がる紅葉の海を認めながら、整備された道をトントコ進みます。
鈍いアップダウンをこなしていくと、前方の小高い部分に2人ほど人影。
そこまでたどり着くにも、森の中を抜け、湿原を抜けして、
広々とした岩だらけの広場に出ます。
そこで向こう側もこちらに気づいて手を振ってきたので、ご挨拶します。
ここが長栂山(2267m)です。時刻は11:30。
お二人は昼食を取られているようで、自分はそのままスルーして先へ進みます。


ここからはさらに進行方向の景色がよりはっきりと一望できます。
次のポイントである黒岩山(そこから緑の尾根が続いている)までの区間
器の大きい朝日岳の北側のすそ野は扇状に展開し、
100mごとに、まるで棚田のように湿原が段々とあります。
それらを右へ左へ大きくシュプールを描きながら登山道は続いています。
本当に今思えば、何度ターンを繰り返したのかはわかりませんが、
ひたすら水平に水平に道は続いているので、
前方正面に見え隠れする栂海山荘が全く近づいてこないのです!
それくらい広大な湿原が斜面いっぱいに広がり、
思考停止寸前までのスケールで目の前に横たわっていました。
ああ、果てしない…ああ無情…


↓ひたすら続くお花畑


長栂山の先は次の湿原ステージまで一気の下り。
木々の間を縫うようにして、足場の悪い下りが続きます。
途中何か所か、簡易の階段やロープ場がありますが、難易度ぜんぜんなし。
ひたすら下っていくと、道は大きく東へ向いて進みます。
目的地である栂海山荘のある犬ヶ岳がどんどん離れて行ってしまうので、
思わず間違って脇道へそれてしまったのかと地図を確認するが、
他に分岐する道もなく、地形にも合致するのであっている。
地図上ではほとんど真北に道は進んでいるように見えるのだが、
実際は右へ左へ大きく蛇行を繰り返している。
地図には、紙のスペースの問題があり、
広範囲にわたる栂海新道全体を表そうとすると、
どうしても縮尺が小さくなるため、
範囲がワイドになれば当然細かい表現は間引かれるので
一見素直にまっすぐな道に見えてしまうというトリック。
槍・穂高立山・劔などメジャーなエリアであれば、
よりエリアに寄った詳細な図面があるが、
さすがに”ど”マイナーなエリアですからね…
そうして、不安を感じつつも、東へとなだらかな黄金色の平原を進んでいくと、
アヤメ平に到達。
この登山道を切り開き長年整備されている
地元のサワガニ登山会お手製の看板は、
文字の部分が切り抜かれていてユニーク。


↓アヤメ平


アヤメ平からは道は一転して目的地の方向へとくるっと方向を変えて進みます。
この辺りは非常になだらかで、
この調子ならもうすぐにでも小屋に着きそうなくらい。
色とりどりに燃える草花の真ん中をつっきり、
そこからブッシュに分け入っていきます。
ブッシュの中は結構ぬかるみがあって、土が腐ってしまっている。
往来が少ないので、まるで糞だまりのように、
湿った土がこんもりと登山道に散らかっているので、
踏むたびにニュワンと嫌な感触を足の裏に残していく。
登山靴をベチャベチャにしながらも先へ先へと進んでいきます。
途中、おそらく栂海山荘を最後に発ったのであろう男性二人組とすれ違いご挨拶。
ひさしぶりに人に出会いました。
このあと4時間以上人に出会うことはありませんでした。
わずかずつではありながらも確実に高度を下げているので、
植生も変化を見せ始め、上部ではあれだけ紅葉が進んでいましたが、
徐々に生き生きとした緑の世界が増えてきました。
なんというかもう、
こんな広大なフィールドを相手に一人リアルドラクエをしている感覚です。
こんなところでスライムとかいっかくうさぎとか出てきたらどう戦えばいいんだろう。
どこかにキンキンに冷えたコーラの入った宝箱が落ちてたらいいんですが。
ああ、ルーラが使えたらええのに…
なんてアホなことを考えつつも歩みは止めずに進みます。


↓ひたすら続く山、山、山…


↓まるでリアルドラクエの世界


↓イメージ図


なだらかな道も、その先の緑でおしまい。
一段下の新しいステージに向けて再び急坂となります。
一応ステップを切ってあったり、鉄板の段を設置してくれたりしているのだが、
本当にかかとが乗るかぐらいのわずかなかませなので、
滑らないように慎重に降ります。
下ばっかり注意をしていたら、
登山道に張り出した大幹に思わず頭をぶつけてしまいました。
不意のカウンターパンチに頭クラクラ〜@@
確実に疲れが押し寄せてきていて注意が散漫だったようです。
そこから少し長めの階段を下って、先ほどのデジャブのように、
黄金色の平原に降り立ち、またも目的地に背を向けて、東の方へと進みます。
途中、前方に小さなせせらぎをまたぐところがあり、
思わずザックを置いて、頭から水を浴び、涼を得ました。
ここは地図でも水場の表示はなかったので、
念のため飲むのはやめておきましたが、
それでもカンカンと降り注ぐ陽ざしに焼けていた体を冷ますことができて
本当に疲れが抜けていくようです。


↓せせらぎに思わず涼を求める


そこからしばらくはこの小さなせせらぎに沿って、道は続きます。
流れより一段小高い場所を進む道はひたすら平坦で、
くねくねと平原を割っていきます。
そのうち、前方の林へともぐりこみ、ベチャベチャと不快な土を踏みしめ、
何度かせせらぎを渡りながら、少し高度を下げていきます。
すると再び広々とした空間に出ます。
そこにはポツンと看板が掲げられていて黒岩平とありました。
時刻は13:05。
そしてその看板に前には誰かがこしらえた菜園農場のように仕切られた
ナゾのお花畑があります。
ここで小休止をして、行動食を少しだけ食べてパワーチャージ。
見上げると、ここまで歩いてきた斜面がどどーんと目に飛び込んできます。
すでに朝日岳の山頂すらも見えなくなっていますが、
ひたすら歩いてきたこの”お花畑ゾーン”がいかに広大かがわかります。
しかもまだまだ先はあるのです。
それにしても、今回は”下り”ルートを選択しているのでまだ余裕はありますが
これがもし逆向きだったとしたら、
この圧倒的な斜面を見据えたらきっと絶望してしまうでしょう。


↓黒岩平


↓この広い斜面をジーグザーグ降りてきた


この黒岩平は湧水が豊富なようで、
さきほどのせせらぎからあふれた水も含めてあちらこちらで水浸し。
登山道も例に漏れず、木の板でせき止められた階段状の部分に水がたまり、
歩く度に泥水がピシャンピシャンと跳ねる始末。
この辺りからもう、結構意識朦朧としておりまして、
こういう些細な不快が非常なダメージと化してきました。
朝日岳の山頂からすでに見えていた、
栂海山荘に続くラクダの背のように展開している緑の山の連なり、
その起点である黒岩山が前方に小高くあるのですが、
一見近そうでいて全然近づいてきません。
あとどのくらいでたどり着けそうか目測をするのですが、
もはや自分の目方に自信がない…
それでも弱り切った思考をフルに働かせて考えると、
あの緑の山脈で少なくとも4時間は見ておきたい。
日没を18時とすると、
いくら遅くても14時には黒岩山へたどり着いておかねばならない。
そろそろ足のダメージも騙しきれないほどとなっているが、
すでに13時を過ぎているし、弱音を吐いている場合ではない。
ここからはもうサバイバルの様相を呈してきました。
なだらかだった平野を抜けていくと、そこから急に厳しいのぼりが待ち受けます。
距離は短いながらも一気の登りにちょっとびっくりしつつ、
えっちらおっちらと登ります。
ステップを踏むたびに、ギシギシと荷物が肩に食い込む!
脚はよくわからない電気信号を発し続け、ビリビリ〜@@
そうしてしばらく登っていくと、
中俣山へのエスケープ路(といってもこちらも小屋まで5時間かかる)との分岐に到達。
そこを左折して、さらに急登を登り詰めると、ひょこっと小さな頂に出ました。
13:35、1623mの黒岩山に到達です。


この登りでなんだか一気に体力を消耗した感があり、ちょっと小さな山頂で小休止。
行動食をパクつきながら、前方の具合を確認すると、
まるで緑色の大蛇がのったりと横たわるかのように、
のらりくらりとアップダウンを繰り返しながら前方に果てしなく続き、
それがはるか先でゆっくりと右に旋回をして、
大きく回り込んだ頂点の脇にちょこんと小屋が見えるのでした。
まるでドラゴンボールの界王星へ続く蛇の道のようにひたすら果てしない…
本当にたどり着けるんだろうか…
いくらゴールが見えているとはいえ、はっきり言って希望なし。
でも進むしかありません。


↓緑の蛇の道


↓黒岩山


休息を終えて、最後のセクションである緑の尾根にとりかかります。
まずは目の前で尾根が急転直下。急に下ってそこから向かいのコブへと急な登り返し。
そこを登ると、なだらかな平坦道が緑の中を続いている。
朝日岳を左手に見ながら進んでいきますが、細かなアップダウンが続く。
再び大きく下っていくと小さな池のある所に出ます。
そこから稲穂のような金色の藪を抜ける。
その先のコブを右手側から少し巻いてそこから再び一気に上がる。
そこから再び水平の道を延々繋いでいくと、
前方にでっかい山がそびえているのが見えてきました。


↓ひたすらアップダウンが辛い…


↓振り返って朝日岳雄大さに圧倒される


ここに来て、がっつりとした登りを目の前に、
正直マジかよという気分ではあるが進むしかない。
幸いにして自分が進んでいる尾根の近くにはないのだが、
周辺には雲がぼちぼち出始めており、
朝日岳方面はすでにガスに巻かれて見えなくなってしまった。
黒部側からも大きな雲が出てきており、
その一部がちぎれてこちらの方へ流れてきたりしていて
さすがに雨の心配はなさそうだが、視界が不明になる前に小屋にたどり着きたい。
そしてすでに14時を回り西に傾いた日も黄色味を帯び始めてきていて、
気分ははやる一方。
覚悟を決めて前方に立ちはだかる山に挑むが、なんとその直前に再び大きく下る…
生い茂る緑の間を抜け、尾根の北側をなめるようにして山に取り付いたら、
一気に激坂!
滑り落ちないように前傾を維持しながら踏ん張って登る。
もう前方を見たら絶望しそうなので、足元を見つつ、
一歩、また一歩と踏みしめながら耐え忍ぶ。
ここを登り切ったら、水をやるからと自分にニンジンをぶら下げながら、
必死のパッチで登り切り、
14:48にサワガニ山(1612m)のピークに倒れこむ。
ゼエハアゼエハア…


↓サワガニ山


黒岩山から緑の回廊を渡ってここまで、コースタイム2時間弱のところを、
気合を入れて1時間でペースを上げてきて、ラストののぼりで消耗したので
ここで15時まで休憩を入れる。
一度、もう痺れて感覚がなくなりかけている足をいたわるため、
登山靴を脱いで解放…ああ〜。
そして誘惑にどうしても負けて、翌日に置いていたコーラを開けしまい、
一口だけ飲む。(ガブ飲みはどうにかこらえた)
やっぱり最強の行動食はコーラで決まり!
そしてここからオーラスに向かってカツを入れるため、
エナジージェルを注入しておく。
前方を確認すると、このサワガニ山がちょうど緑の回廊の中間点になっていて、
引き続き、アップダウンの多い稜線が北側に方向を変えて伸びています。
どう見ても、あと3回4回は登り返しがあるように見えます。
それも結構急な予感…。
地図を見ると、こっちからむこうは2時間、むこうからこっちは2.5時間とあるけど
絶対こっちからだってあれを登り返すのしんどいぞ…
15時近くとなり、西日がだんだん頼りなくなってきました。
そして振り返ってみると、先刻から発生した雲はいよいよ本格的となり、
朝日岳方面は真っ白。
ついさっき歩いてきた黒岩山付近にもガスの切れっ端が薄くかかっている。
ラッキーなことにこれから進む山域だけは雲を免れているので、
雲が追ってくる前にリスタートします。
あと、2時間。なんぼ長くてもあと2時間。2時間の我慢。たった2時間だ。2時間…


↓果てしない…。中央左寄りの台形の山・犬ヶ岳、あの裏にある小屋が本日のゴール


サワガニ山から北は、しばらくは下り一辺倒。
下っていくにつれてどんどん道はやせ細り、両側の谷底がちらちら。
一か所、道が崩落して片側の谷へえぐれているところがあり、
そこは慎重にロープと木々を頼って切り抜ける。
小さなコブをいくつも登って降りてを繰り返します。
当初は、ラストは尾根道で迷うこともないし、
高度もずいぶん下げ難所も特にないだろうと思っていたので、
最悪ここから先は日没ヘッデン歩きも覚悟していた区間なのだが、
なんのなんの、ここから犬ヶ岳区間が一番注意が必要な難所でした。
とにかくみるみると道はやせ細り、しかも真横の谷筋が丸見えで、
高度感がバリバリ。
歩き始めはハイマツが優しくガードしていたのだが、
途中から岩礁むき出しのえぐいロープ場がそれなりの長さで展開したり、
道が崩落して、手掛かりの極めて少ない岩のステージを綱渡り的に進むところとか、
うっかりすると危険な個所が何度も登場する。
まだ日が明るいので、時間をかけて丁寧に難所をこなして先へ進んでいく。


↓ちょっと脇を見ると断崖絶壁


↓両脇ぎりぎりの尾根歩き


↓ここに来てやたら難易度の高いロープ場とか


そうやっていくつかの出っ張りを上がったり下がったりしながらも
高度を下げ、最低鞍部までたどり着きます。
すると、さっき苦労して登ったサワガニ山と同じクラスの山が前方にどーん…
ああ、登りますよ。登りますよ。
生い茂る緑の中につけられた、急坂の道をえっちらおっちら。
もうペースとかそんなことを言ってられないほど、全身が消耗している中、
とにかく一歩ずつ上がっていくしかない。
途中、水場の看板があったのだが、10分も往復するなんていう思考が働かず、
スルーして、さらに上がっていく。上に行くほど斜度が上がって
「ふざけんな!なんでいったん下るんだよ!」と意味のない悪態をつきながら、
必死のパッチで登る。
登りきったら、前方にようやく本日オーラスの犬ヶ岳が前方に。
明らかに無茶苦茶急な斜面に直登する道がベタっとくっついてる…
あれがラスボスか…
そのラストの斜面には、
おそらく朝日小屋発のパーティー7,8人ほどが必死で登っているのが見えます。


↓あの右手の台形の犬ヶ岳の向こうに本日のゴールが


しばらく息を整えたら、いよいよラストの登りに向けて進みます。
ガリガリに痩せ細ったザレ尾根を慎重に進み、犬ヶ岳に取り付いたら、
もうジグザグなんて面倒なことはせずに、弓なりに道がまっすぐ上部に伸びている。
登り始めから、立ち止まったらズルズル後退しそうなほどの斜面を、
補助ロープも使いながら、じわりじわりと高度を上げていく。
登るにつれていっそう斜度は上がり、周囲の岳の小さな木々の枝や幹を手掛かりに
エイヤッ、エイヤッと体を引き上げていく。
そうして、どうにか上部にたどり着くと、
稜線は赤茶けたガラガラの岩が細長く山頂に続いていて、
ほとんど広場と言えるほどの広場もない狭い山頂に到達。
ここが1592mの犬ヶ岳です。
そしてその奥にようやく本日の宿泊地である小屋の姿!
ああ、オーラス、オーラス!


犬ヶ岳


↓ようやく見えた!ああ、小屋が見えた!


そこからようやくまともに登山道と言えるようになった道を
5分ほどたどってようやく栂海山荘に到着。
時刻は16:25。
出発したのが、4:45だったので、11時間40分の激闘でした。
なんにしてもラストの道の状況を考えると、
本当に日没前に到着できたのは大成功だといって間違いなしでした。
本当に、本当に長くてつらい道のりでしたが、
お天気も味方につけてどうにか歩き通すことができました。(涙)


重い、栂海山荘の扉を開けて中に入ると、
電気がなく真っ暗な室内で、多くの人たちが夕ご飯の支度をしているところでした。
自分はもう完全に力が抜けてしまって、
ザックをその場で下して、土間に備え付けのテーブルの椅子に
ドザっとヘタリ込んでしまいました。
あまりの将帥ぶりに隣のテーブルの人が大丈夫と声をかけてくれましたが、
とりあえず弱弱しく大丈夫で〜すと返すしかできません。
どちらからと尋ねられたので、白馬からですと答えると、
そりゃそうなるわな〜とみなさんからねぎらわれました。
忘れないうちに、使用料として2000円を料金箱へと放り込みます。
ここは地元の登山会である「さわがに会」が
栂海新道をゆく登山客のためにこしらえた小屋で、
予約もこの登山会の会長さんのご自宅に電話をさせていただきました。
この小屋がなければ本当にこの栂海新道は歩き通すことができない貴重な小屋です。
さて、体はというと、
もはや脚はジンジン、頭はクラクラ、喉はカラカラで、満身創痍。
特に喉の渇きは尋常じゃなく、
本当に何でもいいからガブ飲みしたい衝動に駆られますが、
そこだけは頭がしっかりしていて、とにかく我慢。
なにせ、炊事用においてあるペットボトル1本を除けば、
お茶がペットボトルの底にわずか1/8程度と、水が250ml、それだけしかありません。
それで晩飯と、夜中の渇き、そして明日の山行の前半部分まで
持ちこたえなければなりません…
それはもう過酷そのもの。
とりあえず一口2口水を口にして、落ち着きを取り戻したら寝床を確保します。
山荘はそれなりに広々として清潔で、1Fが大きな2部屋あり、
それぞれにロフト部分の2Fがあり、
頑張ってつめこんだら30〜40人ならいけるかという大きさ。
一つの部屋は先ほど見かけたパーティーが独占していて、
それ以外の単独者や、2人組などはもう一部屋に身を寄せていました。
広々と過ごしたかったので、ひとまず1人しか先客のいなかった2階にハシゴで上がり、
その隅っこに寝床を確保しました。
とりあえず体が冷えたら大変なので、服を脱いでタオルで汗をぬぐい、着替え。
断熱シートが敷かれた床に横たわると、そのまま落ちてしまいました。


目が覚めたのは隣の部屋を陣取っている大所帯の酒盛でさわがしくなって。
気づいたら18時近くなっており、慌てて晩飯の支度をするために土間へ。
外では夕焼けが見えるか見えないかと騒いでいるのだが、
いつもなら喜び勇んでカメラを抱えて飛びだすのだが、
この日は全く余計なことをする元気なし。
カメラをザックから出す余力も、わざわざ小屋から出る余力も全くない。
バーナーで湯をつくって、レトルトのパスタ(ナポリタン)をつくり、
昼に食べられなかったパンもソースに付けながら余すことなく食べきる。
あとは、炊事用に残していた水の残りを飲み干して夕食終了。
で、用を足そうと思ったら、小屋の中にはなく、外。
さすがにそれはおっくうでも仕方がないので、扉を開けて、
目の前のわずかなテン場の先にあるトイレへ……
もうここは史上最強のトイレです。
トイレというか、ただ単に囲いがされてあるだけで、すさまじい状況。
雉も泣かずば撃たれまい…
で、すごいものを見て完全に気がなえるのだが、出るものは仕方がなく、
用心して済ませて、小屋へ舞い戻る。
もう電気も何もないので、中は真っ暗。
一応無人小屋なので、寝袋とクッションシートを持ってきてはいたが、
毛布がいくつか常備されていたので、
またザックから出してしまってが面倒なので、1枚お借りしてくるまって寝る。
前夜に比べると標高も半分なので寒さはそれほどでもなく、
ただ激闘を繰り広げたおかげで体がカッカしてなかなか寝付けなかった。
とにかく喉がへばりつくように乾いてしまって、
翌日に置いているサラのペットボトルを出そうかと何度思ったことか!
それでもぐっと我慢して、わずかに残っているペットボトルの水を、
飲むというより本当に口をつけるだけにしてしのぐ。
隣では酒盛りが盛況を迎え、かなりやかましかったが、
一応の消灯時間19:30を過ぎると徐々に静かになりました。
何度もうなされ、喉の渇きに苦しみつつも、
とにかく朝までに体力を回復して翌日の山行に備えることもまたミッションだと、
必死で寝ました。


とにもかくにも、今回最大にして最凶のミッションをどうにかクリアできました。
まさか1日でこれだけの距離(30km!)を歩き、
下り一辺倒だと思いきやエグイ上り返しを何度も撃破していくとは…
戦前に過酷なことは承知していたはずでしたが、
しかしその予想をはるかに超える激しい一日でした。
それでも何とかクリアすることができましたし、
翌日は少なくとも今日の半分の行程で標高も下がっているし、何とかなるだろう。
手持ちの水がヒジョーに心配になってきましたが、
それでも前進すること、下山することには変わりない。
残るは翌日、いよいよあこがれの日本海へ向けてラストスパート!


↓本日終了!


ということでかなりの長文になってしまいましたが、
実際はもっともっと書ききれないほどの感情だったり状況がありました。
きっとここに書いてあるトピックス的な事柄よりも、書き漏れていること、
つまり、この日の大半、
もはや無意識で景色も目に入らず、ただ自分の息遣いだけ耳に入る状況で
淡々と歩いている時間こそが、この日の真の醍醐味だったのだと思います。
それくらいこの1日は今までの山行の中でも記憶に残る1日となりました。