記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

駆け込み鳳凰三山 前編

朝8:30に甲府駅に到着。その時点で駆け抜ける風が結構冷たく感じる。
すでに夏運行を終えてしまった南アルプス登山バスは、
この時期の始発が9:00と相当遅めの山入りとなる。
その前に、補給品やドリンクの補充を駅前で手早く済ませる。
もう、紅葉のシーズンも最終盤、小屋の営業もそろそろ終わろうという時期だが
バス停にはちらほらと登山客の姿。
定刻通りにバスは、ほぼ満席の客を乗せて出発。
この登山バスには車掌さんが必ず付いていて、
カチンカチンときっぷに穴をあけてくれるのがなんだか風情があってよい。


甲府市街を西へとひた走る。
信玄橋で釜無川を渡るころには、右手に富士山の頭が見え、
バスの前方には南アルプスの峰々。
これから向かう、そちらの上部には分厚い雲がかかっていて、いささか心配ではある。
芦安温泉を過ぎると、ワイルドな林道を進むようになり、
上下左右、無尽にバスは飛び跳ねる。
車窓から見える山肌はちょうど色とりどりに賑わっているが、
ほとんど紅葉がふもとまで降りてきているということは、
ここから上はもうすでに祭りは終わってしまっているだろう。
本当ならもう1,2週早ければよかったのだろうけれど、
10月は運動会やら何やら家族行事が目白押しだったのだ。
そうこうして10:15には今回の目的地である鳳凰三山の登山口、夜叉神登山口に到着する。
ここまではマイカーの侵入は可能だが、
南アルプス登山の中継地である広河原までは行けない。
バスの登山客のほとんども広河原まで行くようで、自分を含めて2,3人だけが下車。
しかしこの時間からで、北岳を登るのかなあ?
行けても白根御池小屋だったら、翌日下山まで考えるとなかなかしんどい行程だ。


↓夜叉神登山口


防寒用具でずっしりと重いザックを背負いこんでいよいよ山行を開始する。
時刻は10:15。
六甲のお山歩きでもなかなかこんな遅出の山行はないというくらいの時間だ。
宿泊予約の際には、小屋の人から遅くても必ず16時には到着してくださいと
しっかり釘を刺されている。
標準コースタイムで約7時間だから、約1時間15分はどこかで稼がねばならない。
急坂や難所はない穏やかなコースとはいえ、そこそこの距離があるし、
何より栂海新道を歩いてぶりで少し間隔があいている。
イージーなお山歩きをしたいけれど、やっぱりこの日もプッシュしないといけないなあ。
そんなこんなでいろいろ焦っていたせいか、
うっかり登山届を出すのを忘れてしまったまま出発。
(届を出していないことに気づいたのは小屋で申込票をかいている時だった)


↓いざスタート


登り始めから、深い深い森の中を歩く。
すうっとはるか上部まで伸びる白い幹の間に、
ゆったりと幅を持たせた歩きやすい道が続く。
斜度もそれほど感じることもなく、フカフカと敷き詰められた落ち葉を踏みしめる。
時折冷たい風が森の奥まで吹き抜けていき、木々がそわそわと揺れるたびに、
頭の上から色とりどりの葉っぱが振ってきてニクい演出。
しばらく進んでいくと、山肌の上の方がキィキィと騒がしい。
何事かと思って見上げると、数十頭の猿の集団が、木を揺らして遊んだり、
木の実をついばんだり、賑やかにやっている。
団欒を邪魔しては悪いとひっそりと脇をすり抜けるのだが、
彼らはこちらに気づいて慎重に反対の方向へと移動していく。


↓秋深し


↓猿


道はぐるっと大きく弧を描きながら、森を迂回するかのように続き、
徐々に道も狭く、若干の登り基調になっていく。
途中で、幾人かのハイカーさんとすれ違い挨拶。
そしてお一人かなり軽装な方が後ろからハイペースで追ってこられて、
そのまま追い越して行ってしまった。
この季節にこの時間から、しかも寒さも風も厳しいコンディションだけど大丈夫かなあ。
40分ほどで、ようやく主稜線の一番端っこである夜叉神峠に到着し、
そこからは見えていなかった西側の様子が垣間見えるようになる。


↓夜叉神峠


その峠の分岐を北へと進路を取り、少しだけ登ると、夜叉神峠小屋に到着。
その西側は眺望よく、うす雲にかすみながらも、白峰三山を拝むことができた。
一番南に位置するのは農鳥岳、中央には間ノ岳、そして第2位の山・北岳のそろい踏み。
このエリアには過去2度訪れているし、そのうち1度は北岳間ノ岳に登ったが、
全日ともひどい雨模様で、前方5mも視界がないような有様で、
今回初めてしっかりとその山容を確認することができた。
まだ歩きはじめて間もないので、写真だけ撮ったらすぐに出発。


↓夜叉神峠小屋


↓夜叉神峠


白峰三山がきれい


夜叉神峠からしばらくは熊笹の間を行くのんびりとしたコースとなる。
そして前方右手に、派手に色づく大崖頭山が見えてくる。
あれを越えていかないといけないのだが、道はどんどん高度を下げ、
細い細い回廊のように道が削られていく。
鞍部に着くと、風の通り道となってぴゅうぴゅうと煽られる。
その回廊を渡りきると今度はいきなり急坂がスタートする。
道は大崖頭山のピークを回避して、西側の斜面にべったりとへばりつきながら続く。
ほとんど代わり映えのしない単調で、無限ループのような上り坂。
この辺りからどうも体の様子に違和感を感じ始める。
こめかみのあたりがチクンチクンと小さな痛みのシグナルがなり始め、
それと同時に、左目のまぶたが攣るような感覚があって、視界がぼんやり。
おまけに左足の付け根が何かに引っ張られるようにむくみだし、
足を前に差し出すたびにジンジンと痛む。
うむう、ひさびさの山行とはいえ、これほどまでに急激に体力が落ちたはずもない。
考えられるのはおそらく高山病の兆候。
この日はとりわけ風が強くて気温が低いため、
その影響で順応が遅れているのかもしれない。
とにかくこの嫌な痛みと違和感が翌日までしつこくまとわりついて、
これが非常に難儀だった。
比較的イージーな山とは言えど、ここはすでに標高2500m近い高所。
あなどってはいけないのだ。


↓おだやかな道が続く


↓急坂はじまる


長い長いのぼり、それもほとんど周りの景色に変化もない単調さに参り、
頭と足の痛みに疲労して、途中で何度も立ち止まっては休憩を入れる。
まさかこんなはずではと若干の焦りを感じつつも、
とにかく時間内には小屋へたどり着かないといけない。
ここは正念場と踏ん張って歩いて中間地点である杖立峠に到着したのが12時。


↓杖立峠


杖立峠からは斜面にへばりついた細い下り道が続く。
木の根が張り出した道を慎重に下っていくと、
前方の木々の間から次の辻山の穏やかな姿が見えてくる。
一度下りきってから再び鈍いのぼりをこなすと急に前方が開けて、
ちょっとした広場に出る。
炊事場跡と呼ばれる場所で、そこからしばらくは木々のない空の下を行く。
この辺には立て看板があって、南御室小屋宿泊者に向けて、
ここを14時過ぎて通過する場合は電話を入れてほしいとある。
ゴツゴツした岩をぴょんぴょん避けつつ、歩きやすい個所を選んで進み、
再び深い森へと分け入ってゆく。
斜度が鈍く上がり、えっほえっほと進むと、苺平という分岐点に到達。
時刻は13時。
ここから枝道をちょっと行けば、西側の展望が素晴らしいという
辻山の山頂へ行けるようで、どうせなら行ってみたいと欲を出しかけたが、
まだここでは小屋到達のメドがついていなかったので、
諦めてミッション優先。


↓ひたすら続く


↓炊事場跡


↓苺平


苺平からは、一転、山の東側につけられた緩やかな下り道となる。
日の当たらないうっそうとした森は
さきほどよりも気温がぐっと下がってひんやりとする。
せっせと下りをこなし、20分ほどで南御室小屋に出た。


↓南御室小屋


ここでは休憩をせず、表で薪を割っていたご主人らしき人にあいさつをして先へ進む。
小屋の裏手へ伸びる登山道へ進むと、いきなりの急坂。
ザレザレの砂場に取り付けられた急斜面を苦労して登る。
上に進むにつ入れて木々の丈も短くなり、
遮るものがどんどんなくなって風の直撃をまともに受ける。
んんん〜顔が寒さでへばりつく!
岩と砂のミックスされた斜面に、膝をつくような感じで風圧に抗いながら
少しずつ下っていくと、前方に大岩があり、その東側からアプローチしていくと、
ぽっかりと白砂が広がり、その上に巨岩がまき散らされた稜線の上に出ました。
振り返ると、あおぞらのあいだからひょっこりと富士山が顔をのぞかせています。
よくよく見てみると、ご自慢の白帽子が全く見えず、なんだか富士山じゃないみたいだ。
今年は雨がとても多かったので、全部流されてしまったのかな?


森林限界まで上がってきました


↓富士山!って、雪がないので違う山みたい


勝手気ままに吹き荒れる風に翻弄され、
たまらずトレッキングポールを取り出し、一歩ずつ白砂の道を進み、
大岩の間を抜けていきます。
そうして14:20砂払岳に到着しました。
ここからの眺望はさらに開け、西側には白峰三山から果てしなく続く南アルプスの峰々、
東側には甲府盆地がずらーっと広がり、なかなか素晴らしい。
そうして前方に、鋭くとんがった岩が前方にそびえているのが見えてきました。
あれが鳳凰三山の一つである薬師岳
その直下にあるブッシュの中に、今晩の宿泊地である薬師岳小屋が見えてきました。


↓白砂と巨岩の織りなす世界


↓絶景かな〜♪


南アルプスの峰々


薬師岳


↓山頂直下の林に小屋発見


砂払岳からは、ゴツゴツした大岩の隙間を抜けつつ、一気に下り。
岩と岩との間に落っこちないように慎重にルートを見極めて下り、
ブッシュへともぐりこむとすぐに小屋に到着。
時刻は14:30。
なんとか4時間ちょっとでタイムをまとめて、門限までに到着することができました。
ふぃ〜、なんだかちょっと疲れちゃったよ。


薬師岳小屋にとうちゃこ


小屋の入り口にトレッキングポールを置き、小屋の中へ。
まずは受付です。
さすがにこの日は宿泊者は少なく全部合わせても10人そこいらでガラガラ。
布団は十分支給されました。
でもほんの2週間前まではこの5,60人入ればいっぱいの小屋が満杯だったそうです。
もう本当にオーラスですなあ。
ザックを置き、汗でぬれた服を着替えたら、ちょっと腹ごしらえ。
朝おにぎり1個しか食べていなかったのでお腹ペコペコです。
カップヌードルカレーを作っていただき、ロビー兼食堂で食べます。
温かなものを食べると元気が湧きますな。
ただ高山病の兆候は一向に回復の兆しがない…。


↓本日はここに宿泊


↓昼飯


↓クマは出ません


腹ごしらえを済ませたら、すぐ脇にそびえる観音岳までお散歩。
ブッシュをしばらく分け入っていくと、途端に白砂の世界。
目の前の巨岩の間を足元を滑らせつつ登っていくと、
平らな広場に出ました。
鳳凰三山のひとつ、標高2780mの観音岳です。
ここからの眺めもなかなかのもの。
西に北岳がドーンとそびえ、そこから続く白峰三山
その後方に仙丈ケ岳
残念ながら甲斐駒はここからだとアサヨ峰に被ってしまって見えず。
翻って東側は、甲府盆地から北西へ伸びる谷筋と、その先にある金峰山国師ヶ山、
そしてのびのびとすそ野を広げる八ヶ岳の大パノラマ。
その惜しげもない景色の素晴らしさと、
まるで異空間のようなこの白砂と巨岩のスペースとのギャップが面白く、
1時間ほどたっぷり散歩。
ここらの景観は燕岳にも全く引けを取らない。


観音岳


さて、強風の中でずっとあれやこれやと散策をしたおかげで
すっかり体が冷え切ってしまいました。
引き上げて小屋に戻るが、まだストーブに火がともっておらず、
仕方がないので寝床にもぐりこんで布団の中で暖を取る。
そうこうしているうちに、
寝不足やら疲労やらもあってすっかり眠り込んでしまいました。
これをすると高山病の兆候が悪くなるので気を付けていたんだけど、
寝てしまったことで案の定具合がさらに悪くなる。
ちょうど夕飯時に目が覚め、そのまま夕食へ。
残念ながら夕焼けショーは見逃してしまいました。
食事は宿泊者全員そろっていただきました。
小屋のご主人がなかなかユニークで話し上手でなごやかに。
結構な頭痛と、右半身のイヤ〜むくみに悩まされながらも、
おいしいおでん定食をすべて平らげました。


↓晩はおでん定食


消灯は20時ということで、まだ少し時間があるので、
砂払岳の中腹まで登り返して、少しだけ夜景撮影。
甲府盆地の明かりはかなりきれいでした。
星空もクリアに見えていましたが、三脚を持ってきておらず、
ほどよいカメラの置場が見当たらず苦戦。
30分ほどで小屋へと戻り、お隣の寝床の人と談笑しながら
ストーブで体を温める。
何時だったか、消灯前には寝床へもぐりこみ、就寝。


甲府盆地の夜景


↓満天の星空


夜中は、小屋の中まで冷えが忍び寄って、厳しい寒さ。
毛布にくるまり、体を小さくして眠るのだが、高山病の兆候はますますひどく、
頭が痛いし、呼吸は苦しいし、右側のむくみがかなりつらくて、
何度も起きては揉んでみたり、水分を取ったり対処療法を繰り返す。
しかし根治できるはずもなく、なんとかごまかしごまかし寝るしかない。
思っていた以上にしんどい夜だった。