記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

駆け込み鳳凰三山 後編

朝が来た。
前日からの高山病の兆候はひどさを増す一方で、
明け方からウンウンうなされながら5時となり起床。
他のお客さんたちもぼちぼち起き出す。
5時半には電気がついて、ストーブに火が入り、
底冷えの小屋でふるえながら当たる。
朝食は6時。日の出の時間とちょうど重なってしまうのだが
やはり朝焼けはあきらめきれず、散歩に出かける。


すぐそこの砂払岳の中腹に出るか、頑張って観音岳まで行くか迷ったが、
ここはもう意を決してブッシュを突っ切り、観音岳の山頂へ。
昨日の強風は鳴りを潜め、不気味なほど穏やかな凪。
静かだ。
寒さはかなり厳しく、張りつめた空気がビシビシと頬を叩く。
おまけに高山病の影響で空気が入ってこず息が苦しい。
東の空は雲が厚く、光が雲で拡散して正確な日の出ポイントがわかりづらい。
観音岳の山頂は広いのだが、東側に巨岩が出張っているので、
意外と日の出が見えるポイントに苦労する。
できれば、今日もくっきりと姿を見せている富士山と同じフレームに収めたくて
あれこれバタバタと移動する。
青木鉱泉への道を少し下ったところがベストポイントなのだが、
そこまでちょっと下らねばならず、
そこからは逆に、朝日に照らされて燃えるであろう白峰三山方面の眺望が
別の巨岩で塞がれてしまう。
二兎負うものは一兎も得ずか。
いや、しかし日の出を撮ったらすぐダッシュして移動すれば間に合うか。
はっきりと腹をくくらないうちに、東の空から鈍い閃光を発しながら
太陽が雲間から顔を出した。
この朝が生まれる瞬間はいつだって特別だ。
誰もいない静まり返った山頂で、この特別なショーを独り占めできる贅沢。
あまりの美しさに意識が遠く流れて行くのを、ハッと我に返り、
夢中になってシャッターを押す。
一度太陽が顔を出せば、朝は急ぎ足で空を駆け巡り、あっという間に世界を照らす。
巨岩の間を上り下りしながらポイントを変えてせわしなく動く。
案の定、朝日を浴びて北岳の山肌が真っ赤に燃えだした。
山は美しい。そして偉大だ。


↓日の出ショー


↓富士山とのコラボ


↓神々しい朝


↓焼ける白峰三山


ひとしきり朝焼けショーを満喫したら、大急ぎで小屋へ舞い戻る。
10分ほど朝食スタートの時間に遅れてしまったが、
他のお客さんも散歩に出かけていたみたいで、
ちょうどいただきますのタイミングで戻ってきた。
気づけば30分も寒空を歩いたのですっかり冷え、ストーブで氷解しながら、
熱いお茶と味噌汁をすする。
ありがたや。


↓朝食


この日はお通じもスムーズで、割とあっさり出発の準備が完了。
6:50には小屋のご主人にご挨拶をして出発。
前日はほぼ深い森の中を歩く単調な山行だったが、
2日目はいよいよ三山をめぐりながら、眺望を存分に楽しむ予定。
ただ、それもやはり帰りのバスの時間だけは意識しなければならない。
広河原までのコースは標準タイムで6時間弱。
そうすると、12:45のバスがターゲットとなるが、
それを逃すと次は14:30までなく、ぎりぎりで逃した場合のダメージが大きい。
稼げるところは稼いで、できるだけ12:45のバスに間に合うように進まねばならない。
ここでもまた時間に追われるとはなんとも世知辛い世の中だ…


観音岳へ続く道


観音岳の山頂から、ほんのすぐ目の前に次のトンガリが待ち構えている。
あれが鳳凰三山の最高峰2841mの観音岳鳳凰山)である。
痩せ細った砂礫の回廊を伝っていきます。
朝は吹いていなかった強風が早くも暴れ出し、
左から右へと煽られながらも踏ん張って進む。
先行する人たちを何人かパスをしていくが、みな荒れ狂う風に翻弄されて大変そうだ。
少しずつ登りとなって、岩にしがみついて山頂を目指す。
途中で、2人組をパスするが、どうも登山装備に乏しい若者男子で、
しかも小屋に泊まっていた客じゃなかった。どっから出てきたのだろう?
そうこうして7:20に観音岳にとうちゃこ。


↓振り返って


観音岳鳳凰山


ここまで来ると、この山で隠されていた北側の景色が一気に広がる。
甲斐駒の荒々しい山容の奥に見える白いレーンは紛うことなき北アルプスの峰々。
あちらはすでに真っ白の雪をかぶって冬の装い。
さすがにこれだけ離れていても槍ヶ岳のあの突先だけははっきりと自己主張をしている。
それにしても北アルプスまでくっきり見えるなんて、素晴らしいお天気に恵まれた。
感謝感謝。
そして北東に目を向ければ、無防備に丸裸の状態で八ヶ岳が裾を広げていて、
思わず引き込まれる。
あまりに完璧な絶景すぎて、なんだかパノラマ模型のような、偽物じゃないかと感じるほど。
実はまだ八ヶ岳は未開の地のままなのだが、
この大スケールを目撃してしまうと、
あちらにもぜひどっぷりと浸かってみたいと思わせくれる。
それにしてもなんと伸び伸びとした山だろう。素敵だ。
そしてすぐ前方には今回のハイライトである地蔵岳オベリスクが異彩を放って、
見る者の目を離さない。


↓甲斐駒ごしの槍ヶ岳


↓大スケールの八ヶ岳


オベリスクのある地蔵岳へ進みます


山頂は強風が吹き荒れている。
お決まりの写真撮影を済ますのに、岩の上にカメラを固定するのだが
風にあおられて安定せず、何度も格闘。
撮影を終えたら尾根伝いに東側にゆっくりと下ってゆく。
そこから真下に、鳳凰小屋との分岐点である鞍部が見えていて、
そこにちらほら鳳凰小屋の宿泊客が見える。
ザレザレ、ガレガレの急斜面を、突風に煽られながら慎重に下っていきます。
急斜面の途中で、鞍部から上がってきた女性の方とすれ違いご挨拶。
この先の具合を聞かれ、とりあえず登りは観音岳までで、
そこからはハイマツもあるので今いる区間さえしのげば大丈夫とお伝えします。
あまりに風が強く、単独なので進むべきか撤退か相当悩んでいたそうですが、
意を決して前進していかれました。
鞍部に到着し、写真を撮っていると、後方から昨晩お隣だった方が追いつきてきました。
あちらの方がペースが速く、自分はまだ高山病の兆候に悩まされて本調子でもないので
道をお譲りして、自分はヒーハーいいながら登り返しを進みます。
一か所だけ、ちょっとスリリングな一枚岩のところがありましたが、難なく。
ゼエハア言いながら登り返したところに道しるべが立っていて、そこが赤抜沢ノ頭。
そこから見える景色はまるで、日本じゃなく、
荒涼としたパタゴニアの大地、あるいは太古の時代の地球の景色かと思わせるような
自分の想像を超えた絶景でした。
あるいはここでケンシロウラオウが死闘を繰り広げていても
何ら違和感のない世紀末の世界のようです。
その圧倒的な画力に思わず合掌。


↓鞍部から見る北岳


↓しんどい登り返し


↓赤抜沢ノ頭


↓今年のベストショット。日本じゃないみたい


さて、最終的にこの分岐を西に折れて広河原を目指すのですが
当然オベリスクには寄っていかねばなりません。
そこでこの道標のそばにザックをデポして、身軽な状態で地蔵岳に向かいます。
ザレザレで滑りやすい急斜面を10分ほど下っていくと、
広い広い白砂の鞍部に到達します。
ここは賽の河原と呼ばれていてたくさんのお地蔵様が安置されて、
風雪に耐え忍んでいます。
ここから間近で見上げるオベリスクの迫力はなかなかのもので、
遠くからではほかの山の姿に埋もれていた突先が、
威風堂々と立ちふさがるような感じですごい。
いったいどのようにしてこんなものが創りあげられるのか。
もう人間の創造力などはるかに超えてしまう自然の造形力に脱帽するしかありません。


オベリスクに来ました。間近で見るとでかい


↓賽の河原


せっかくここまで来たのでオベリスクに登ってみることにします。
といっても上部は完全にクライミングの領域になるし、
ましてこれだけの強風荒れ狂う状況なので、一番テッペンまでは難しそうですが
とりあえず行けるところまで行ってみます。
まずは稜線の左側から回り込むようにしてオベリスクの付け根まで。
そこから大岩の下をくぐるような形で中腹へすすむ。
この中腹にもお地蔵さんが安置されていました。
ここまで足元がザレザレなのでグリップが効きにくい個所でしたが、
ここからは本格的な岩登りとなる。


オベリスクへのルート


↓いっちょトライ


右側へトラバースしていくと、その上部は縦に大きくクラックが入った場所となり、
その岩の裂け目に手足を挟み込みつつ、三点確保で体を押し上げていく。
それで上部までたどり着いたら、いったん左側へと移動し、北斜面に出る。
そこから道がわからずルートファインディングをすると、
大きな一枚岩に、どうにか足を置けるステップが切ってあって、
そこを伝ってさらに上へあがると、右手にオベリスクの天辺の大岩の前に出ます。
先ほど上がってきた縦クラックをまたいで、大岩にたどり着きました。
ここまで来ると、大岩の下では影響を感じなかった
北斜面からの吹き上げの突風がすさまじくて、思わず身がすくみます。
恐る恐る下を見るとなかなかの高度感です…
登ってきたはいいけど果たして降りれるのお@@@
槍ヶ岳にしても宝剣岳にしても登山客が多いためそれなりに整備されているのだが
ここは全く整備されていないから、ちょっと怖いです。
しかし、ここまで来たら一番上まで行きたい!
だが、元々、この大岩の上に設置されていたロープの姿が見えません…
そのロープがなければ自力ではさすがにこの大岩は登れず断念します。
大岩自体が神聖な岩なのでもう登れないようにしたのか、
あるいは事故が多発して危険なので登れないように撤去したのか、
ロープが古くて朽ちてしまったのか?
ともかくも登れないものは仕方がありませんので、
ここは大岩に触れたということで登頂扱いとしました。


↓慎重に登ります


↓なかなかの高度感


↓最後の大岩まで来ましたがここまで


オベリスクに触れたらすぐに降ります。
ただ、登りよりも下りのほうが高度感を感じる上に、難しい。
慎重に体を反転させながらステップを1段1段確認して、三点確保で下る。
こういうときに限っていたずらな風が煽ってくるので余計にビビる。
とにかく安全に安全に時間をかけてどうにか賽の河原に降りてきました。
ふぃ〜。
そこから再び赤抜沢ノ頭に戻り、ザックを拾って、いざ西進。
時刻は9:00。残り3.5時間で広河原を目指します。
ここからは甲斐駒の雄姿を常に右手に臨みながらの稜線歩きとなります。


↓甲斐駒


赤抜沢ノ頭から西に向かい、大岩の北側をかすめて、痩せ細った稜線を進みます。
ここは完全に風の吹き抜ける通路で、北岳側から冷たい風がバリバリと吹き付けてくる。
道はなかなか痩せている上に、相変わらずザレザレで滑りやすいので、慎重に進む。
一か所大きく谷側に削れた斜面があり、
こういう一見何気ないところが実は一番神経を使うところだったりする。
翻って見てみると鳳凰三山がようやくワンショットで眺めることができた。


↓こういうガレた崩落個所が一番怖い…


鳳凰三山


いったんザレザレの急斜面から大きく高度を下げ、鞍部に到達すると、
その先から高嶺への急な登り返し。
ここから山の性質が変化するのか、
ここまではザレザレの白砂と岩のミックスだった山が、
急に植生が盛んとなる。
緑の間を切った急斜面ののぼりをえっちらおっちらと登るころには、
広河原からの1dayトレラン組とちらほらとすれ違う。
そうして9:45に高嶺に到着。
ここは奈良田方面から続いてくる谷筋のドンツキにあたり、
はるか眼下に見える深い谷の燃える様がよく見えます。
そして、真正面には標高第2位の北岳がどーん。
広河原から続く険しい沢の筋、その上部の八本歯の具合、
そして悪名名高いバッドレス、急峻な草すべりなど、
登山ルートが手に取るように確認できる。
ここから見ると、よくもまあ、あそこを登るなあと思わざるを得ない。
さらにその奥にはおだやかな仙丈ケ岳が広がっているが、
ここからだとあまりきれいな山容ではなく、
やはり北岳や甲斐駒の山らしい迫力がない。
同じ山でも眺める場所によって全く別の印象になるから面白い。


↓高嶺


↓堂々たる北岳


↓たおやかな仙丈ケ岳


しばらく景色を堪能したら、先へと進みます。
高嶺の山頂の北の端へ向かうと、そこから先がいきなりの断崖。
目の前にあるアサヨ峰との間にはぽっかりと空があって、
目指すべき白鳳峠ははるか眼下。
登山道はこれはいかんとばかりに、
一気に東へと逃げ、しかも見るからに険しい下りとなる。
ここまで強風対策でトレッキングポールを出していたが、
もう両手で岩をつかみながら下らないといけないような急な道なので仕舞い、
少しずつ高度を下げる。
恐怖や危険さは感じないが、予想以上に険しい道でちょっとびっくり。
岩と格闘しつつ眼下に目をやると、最終目的地である広河原が豆粒のように見えました。


↓ここから白鳳峠までの激下り


↓意外と難所


↓広河原が眼下に



急な岩場を抜けると、山肌はおだやかに曲線を描き、
枯れたブッシュの間に、ゴローゴローとした岩の道が続きます。
さっきまでのザレザレの白砂から、一転してゴツゴツとした岩の山です。
途中でご夫婦とすれ違いご挨拶。
ずんずんと高度を下げながら、目の前の森へと突入し、
しばらく進むと白鳳峠に到着。時刻は10:25。
休憩中のトレラン男性と挨拶し、休憩なしで左折して登山口を目指します。


↓白鳳峠


少しだけ森を進むと、視界が開け、広大な岩の沢に出ます。
威圧感たっぷりの北岳と対峙しながら、大岩をどんどんと下っていきます。
谷から吹き上げる風をまともに受けて顔が痺れる。
30分ほどはこの広大な岩の墓場をひたすらに下っていきます。
この辺りまで来るとようやく頭痛やめまいが回復してきました。
やはり高山病を直すには高度を下げるのが一番。


↓ゴロー谷を下る


ひたすら岩の沢を下って、ようやく終点にたどり着き、そこから森へ分け入っていきますが
その前にちょっとブレイク。
稜線上では常に厳しい風が吹き付け、停滞することで体を冷やし疲労してはいけないと
ほぼほぼノンストップで歩いて3.5時間。
そろそろドリンクとレーションでエネルギーを補てんしたい。
風の当たらない森の中でザックを置いて、手持ちのチョコレートをいただく。
んん〜甘味が染み渡る。


しばしの休息でリフレッシュし、リスタート。
しばらくは豊かな森の中に敷かれた広いトレイルをなぞっていく。
しかし途中から山をぐるっと回り込むような形で道が続き、
そこからいっきに道が痩せ細り、険しくなっていく。
なかなかハードな連続階段部分があったり、すべりやすい一枚岩の上を進むところなど。
斜度もなかなかのもので、一気に高度を下げる感じ。
指先やくるぶしが下りのダメージでどんどん疲弊して痛む。
こちらから登りだと結構しんどいだろうなあ。


↓意外としんどい登山道


↓連続する階段セクション


↓どうしてあなどれない道が続く


ひたすら、木々の幹や枝をそのままステップにしたような険しい道を下っていくと
ようやく下の方から川の流れが聞こえてくる。
はやる気持ちを抑えながら慎重に下って、12:10に登山口まで降りてきました。
高山病の影響なのか、寒さが思ったより効いたのか、
この日は最後までペースが上がらず、ほとんど標準コースタイム通り。
余裕かなあと思っていたバスの時間も予想よりも間際になってしまいました。
でもまあ目標のバスには間に合ったので予定通り。


↓無事に登山口に降りてきた


↓広河原でゴール


広河原ターミナルに到着したらトイレを済まし、バスのチケットを購入。
着替えをする時間まではなくて、ザックの荷物を整理しているうちにバスが到着。
バスは、下山客で8割ほど埋まる。
定刻通り12:45に出発し、夜叉神までの林道はかなりドカンドカンと前後左右に揺れる。
甲府に到着したのは予定より15分ほど遅れで15時ごろ。
本当なら帰りの電車の手配をしたらすぐに風呂に入れるように、
地元の銭湯をマークしていたのだが、残念ながら間に合わず断念。
駅弁とちょっとした家への土産を物色して、15:24のスーパーあずさ号に乗り込む。
この便は塩尻は通過するので、いったん松本まで向かう。
そこからおなじみのワイドビューしなので名古屋まで。
汗臭いまま新幹線に乗り込み、帰阪したのが20:10でした。
もう冬到来目前で2500m級のお山にギリギリ駆け込みでしたが、
素晴らしい景色を目に焼き付けることができました。
人気もなく静かでおだやかないい山行だったなあ。