2018Gパトの夏 怒涛の2日目
まさかまさかの幕開けで
怒涛のパトロール初日を終え、
2日目です。朝は4時起きで、
朝食が提供されてすぐの片付けから助っ人に入るのがルーティンとなりました。
朝食を食べていると、
昨日保護した登山客の方が出発のあいさつに来られ、
とっても感謝されてしまいました。
今日こそは無事に安全に下山してくださいね。
また朝日小屋に上りに来てくださいねと送り出します。
朝夕の小屋の手伝い以外の昼間の時間帯は
本来のパトロール業務なのだが、
こちらはやみくもにではなく、
毎日、どの一帯をパトロールするかを
小屋との相談の上決めていきます。
朝日小屋を中心とした一帯では主に3方面あって、
我々が登ってきたイブリ山・北又方面、
そして、朝日岳から吹上のコルを経て栂海新道の一帯があります。
ちなみにコルからは蓮華温泉方面への登山道もありますが、
本来のGパト業務としては一応管轄外になりますが、
朝日小屋的にはそちらも当然、
登山客の往来をカバーしないといけません。
この日の朝のミーティングでは、
まだ偵察できていないコル周辺へ行くことに決まり、
ついでに前日の遭難者の方が
道迷いしたポイントがどうなっているのか念のため確認をして、
必要であれば、注意を促す目印を設置するというお役目に。
警備隊の方2名に連れだって出発することになりました。
万が一に備えて無線をもって出動です。
いったん分岐まで木道を下り、そこから朝日岳へ。
少しずつ上っていくにつれて、小屋が小さくなっていきます。
緑のじゅうたんに、真っ赤な三角屋根が2つ。
そして遥か奥に白い雲の壁があり、
それと並行するようにして空を区切る黒い影は能登半島。
スッバラシイ眺望です。
途中の、雪渓の残っている辺り、
小屋の水を引いているポイントをチェックしていると、
急に無線が飛んできました。
どうやら蓮華温泉に続く五輪尾根で事故が発生したらしい。
その一報を受け、県警のKさんと〇さんは、
大急ぎで支度して現場に急行していかれます。
自分たちも一応追随しますが
なんにせよあちらの本気スピードはすさまじく、
早くも息も絶え絶え。
Kさんは一刻を争うというのでさらにスピードを上げて
あっという間に飛んで行かれ、
山頂でOさんが待っていてくれました。
どうも雲や風の具合で無線がスムーズにいかない場合があるらしく、
その中継ポイントとして
我々もバックアップ要員として待機することに。
まさかの状況でバタバタですが、
一応今回初めてのサミット・朝日岳に登頂。
これから足しげく通うことになります。
山頂を過ぎて、いまだに残る大きな雪渓をいくつか越えて、
栂海新道の起点である吹上のコルまで下っていく。
ここは数年前に日本海へと続くトレイルを縦走したとき以来。
あの山行は決して忘れられない大冒険の一つだ。
このポイントからちょうど、連絡の入った事故現場が見え、
Kさんは早くも到着をして作業をしている様子。
無線から聞こえてくる情報では、
男性が木道のところでスリップし、
足のすねを折っているとのこと。
現場と、小屋、そして新潟側との無線が頻繁にやり取りされ、
対応をその場その場で即決して、
登山客がスムーズに救助される体制を作っていく。
風や雲の具合で無線ノイズが激しい場合は、
〇さんが中継に入り、情報を共有していく。
厳しい自然環境において、
このシビアな連携こそが、まさに命綱。
その迫力をひしひしと感じました。
前日、遭難者の保護にあたって、
小屋への連絡が遅れたことをゆかりさんに怒られましたが、
それはこういうことだったのだと納得することができました。
さて、登山客は自力下山は不可能なので、
ヘリを飛ばすことになりました。
事故解決に一定のメドがついたので、
我々もそちら方面へと前進していきます。
五輪尾根に入ってすぐ、
広々とした斜面に大きな雪渓が横たわっていて、
慎重に横断していきます。
〇さんは鋲のついた長靴でザックザックと進んでいき、
雪が珍しくない地域に住むクマさんも要領よく付いて行くのですが、
滅多に雪に接しない自分にとっては、なかなかの難易度。
少し足を引っ張ってしまう形となってしまいましたが、
ここで慌ててしまって、事故になってもいけないので、
慎重に越えていきました。
前日の遭難者の方が、迷い込んだ谷筋にたどり着く。
ここは通称”ゆかり谷”と呼ばれているらしく、
蓮華温泉から上がってくると、壁のように立ちはだかり、
その様がゆかりさんのように手ごわいからだとか何とか(笑)
ここは雪渓が谷筋に沿って、ずっと下の方まで続いていて、
正規の登山道はそこをわずかに下りてから、
左の茂みの方へ続いているのだが、
恐らく、雪渓を慎重に下るために
足元ばかりに注意が行っているうちに、
その目印を見失って、そのまま雪渓を下って行ったところ、
もう引き返せなくなり、
どうにかバックせずに元の登山道への合流を目指して
やみくもに突き進んでしまった結果、
遭難してしまったのだろうと推測されます。
遭難パターンとしては本当によくあることで、
おかしいなと気づいた時点で、
勇気をもって引き返すことが大切です。
さて、ここは雪渓が残り続ける限り、
同様の道迷いの発生の危険があるため、
ポイントにより多くの目印を付けて
注意喚起をする必要がありました。
その準備をしていると、無線が一気に慌ただしくなります。
どうも、同じルートのもう少し蓮華温泉側へ進んだ場所で、
新たな事故が発生した様子。
ほとんど間を置かずに連続して発生した事故に、
一気に緊張が走ります。
1つ目の現場にいるKさんがすぐに移動の準備をして、
2つ目の現場へと急行することになり、
我々バックアップ班は、
1つ目の現場のサポートへ向かうことになりました。
幸いにして、現場までは10分以内の場所にいたため、
Kさんが急行してそれほど間を置かずして、
登山客の元へと駆け付けることができました。
すでに応急処置が済んでいる若い男性登山客に駆け寄ると、
とても痛むようで、全身汗まみれで顔面蒼白。
後はヘリが来るまでひたすら待機なのですが、
広っぱのようなところで、直射日光を遮るものもなく、
身体を全く動かせないため、
どこかに移動させることもできないので、
交代でウェアを広げて日陰をつくったり、
近くの雪渓から氷袋をこさえて、体に当てたりしながら
けが人の方の消耗をできるだけ抑えます。
おしゃべりをすると少しでも気が紛れるようで、
色々と声掛けをして、少しでも負担がないようにしますが、
やっぱりズキンズキンと痛みが走るようで、
必死で歯を食いしばっておられました。
もう一方の現場でも動きがあり、
そちらでも木の根っこに足を取られて転倒し、
年配の方が頭をぶつけてしまったようです。
意識はあるようですが、打ちどころが悪く出血していて、
まだ下山まで相当の距離を残しているので、
大事を取ってヘリ搬送に決まります。
1件目も2件目も難所でも何でもない普通の登山道での事故で、
雨風もなくコンディションも山歩きには最適、
しかもどちらの人も登山歴は長く経験豊か、装備も十分、
事故など起こりそうもないようなシチュエーションなのですが、
ヘリが出動するほどの事故を招いたのは、
完全に油断と慢心のためです。
常に緊張感を保つというのは正直無理な話なのですが、
事故が起こるのは特殊なケースではなく、大抵の場合、
まさか事故が起こらないだろう場所で、
まさか事故など起こさないだろうという人が事故を起こしてしまいます。
本当に怖い事ですが、
そのことは誰もがしっかりと頭に入れておく必要があります。
ヘリがやってくるまでに、
まずは周辺の小石や枝、ゴミなどをできるだけさらいます。
ヘリの風圧はかなりのもので、
それらが舞ってぶつけたりしないためです。
そうこうしていると遠くから音が聞こえてきてヘリがやってきます。
我々は目印として、大手を振って合図します。
この際、Gパトの真っ赤なシャツが目立って役に立ちました。
一度大きく谷を回り込んで、正面からこちらへ向かってきましたが、
なぜかそこで停泊せずに、通過してしまいました。
上手くいかずにやり直しなのかと思ったら、
実は2つ目の現場(谷の下)の方に雲が立ってきて、
この後、視界不良で救助困難になる恐れが出たため、
急遽、順番を入れ替え、
2つ目の方へ優先して行ってしまったのでした。
刻々と状況が変化する環境・状況を踏まえつつ、
最善の方法を臨機応変に決めていかねばならないのが山。
実際、この後どんどん雲が湧いて、
あちら側では生い茂る森の木々を避けてのヘリ作業は
難しい状況になっていたので、
現場のとっさの判断でうまく2つの事故に対応できたようです。
(ヘリ救助の写真は出さないでと言われているのでなし)
さて、こちらでは登山客の方に事情を説明して、
申し訳ない!
大丈夫です!
でも痛いよ~!
といったやり取りしながら、さらに待機を続けます。
そうしてようやくヘリが戻ってきて、救助となり、
我々は離れた場所へ一旦退避します。
別れ際に、登山客の方から何度も、ありがとう!ありがとう!
本当に心強かったです!
手術とリハビリ頑張って、また山に帰ってきます!
と言っていただきました。
そうしてヘリが接近。ものすごい風圧です。
少し離れた場所でも、踏ん張っておかないとキツイ!
手際よく隊員がロープを伝って降下し、
Oさんに状況を引き継いで、登山客を吊り上げて収容完了。
あっという間に飛び立っていきました。
これでひとまず2つの事故とも無事に処理できました。
かなり迅速に対応できたのですが、
これでも実は事故発生から数えると5,6時間かかっています。
事故が発生し、それが小屋に伝わるまでの時間、
(今回の場合携帯が通じない場所なので、
別の登山客が小屋まで来て、
あるいは道中に関係者に出会って事故を知らせてくれるまでの時間)、
それから救助に向かう体制を整える時間、
実際に最寄りの小屋から現場へ向かうまでの時間、
現場に到着して状況を確認し、ヘリの手配をして、
ヘリが飛行準備をするのに30分かかり、
さらにヘリが飛行場から飛んでくるのに30分~1時間、
そこから現場を特定し、収容作業して、
最寄りの病院へ向かうまでの時間。
ざっと勘定してもこれだけの時間を要します。
今回の場合は朝早いうちに発生した事故で、
比較的小屋からも急行できる距離、
それも崖下や鎖場などの困難な場所ではなく、
一般登山道での事故で、
しかも天候は良好というコンディションに恵まれたシチュエーションで、
これだけの時間を要します。
もし、これが救助困難な場所だったり、
天候不順でヘリが飛ばせない状況だったり、
雪山シーズンであればもっともっと時間も労力もかかります。
特に怖いのは、夕方遅い時間帯で日没が迫る状況で、
翌朝まで長期戦となる恐れが出てきます。
そうすると怪我の状況如何によっては深刻なケースも発生します。
こういう救助に関する時間的感覚を
登山者ももっと理解しておく必要があります。
事故を起こさない、ケガをしない、
遭難しないという事が何よりですが、
誰もそれを望んでそうなるわけではないし、
予定して起こるわけでもない。
それでも事故は間違いなく起こるし、
次は自分かもしれないという事を
常に頭に入れつつ行動することが求められます。
そういう不測の事態も十分考慮しつつ、
きちんと早立ちして、遅くとも14時くらいには小屋に着くような
健全な登山プランを計画する、
入山届をしっかりと提出する、
家族や関係者にきちんと予定を知らせておく、
きちんと宿泊予定の小屋には予約ないし前もって連絡を入れておく
(そうすれば到着の遅いお客がいると小屋も把握でき万一に備えられる)、
非常用の食料や飲料、装備をきちっと携帯するなど、
事故が起こりうるという前提で、
ダメージを最小に抑える対策はいくつもあります。
無事に事故処理が終了し、
そのうちにKさんも我々の現場の方へ戻ってきて
一息入れて昼食タイム。
自分もクマさんも、
初日からいきなりたて続きのシビアな事態に
正直面食らって、お役に立てたのかどうやらでしたが、
たまたまとはいえ、我々も現場に同行したおかげで、
2件ともスムーズに処理できたという事でよかったです。
美味しいお弁当を食べながら、30分ほど。
これまでの色々な救助について、
Kさんに話を聞くことができたのですが、とても勉強になりました。
一見して自己責任の世界と思われがちな山の世界ですが、
実はKさんや〇さん、山小屋の人々など、
色々な人たちの存在によって
山の安全は守られているのです。
食事後は、ルートを引き返し、
例の遭難ポイントに目印を設置。
それから途中の大雪渓では、
スコップでルートをカットして歩きやすいようにしたり。
県警のお2人はそこでひと足先に小屋へと戻られ、
我々2人は残って、ようやく本来の業務をスタート。
グリーンロープを設置したり、植生のチェックなどをしてから
小屋へと戻りました。
夕方からは夕食のお手伝いに入り、
そののちに晩御飯。
長いことGパトの受け入れをしている朝日小屋でも、
まさか初日からこんなに立て続けに事故は発生して、
サポートに入るなんていうのは過去になかったようで、
「あんたら来てから事故続きやなあ!」と冗談を言われつつ、
労をねぎらっていただきました。
食後に小屋を出てみると、
見事な夕焼けが広がっていました。
明日は平和だといいなあ。
つづく…