記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

『少し変わった子あります』 by 森博嗣

突然失踪した友人から教えられた謎の料理屋。
名前も看板もない。それどころか、行くたびに店の場所がかわる風変わりな店。
そこで行われるサービスとは、その場1回限り出会った女性と、ただ淡々と食事をするだけ。
つまらない世間話をくりかえすこともあれば、
一切の会話もなく沈黙の中食事をするだけの場合もある。
食事代はもちろん2人分請求される。
そんな非現実的な状況にはまっていく主人公・・・。


互いに面識がないこと、つまり相手にとって誰でもない誰かという存在、
肩書き・経歴、あるいは名前といった基本的パーソナリティさえも、
一切の身に着けた鎧をはずされ、生身のヒトの状態で、
”食べる”という最も野性的な行為にふける、
この奇妙としか言いようのない状況に置かれた時に、
主人公はまるで悟りを開いていくかのように、
社会的存在の意義や数々の様式についての考察を深めていく。
一見してもっともらしい議論が論理的に展開され、さしずめ人生口論のようなのだが
無機質的な冷ややかさとシニカルさがどことなく不気味なのだ。
(わかりやすく言えば世にも奇妙な物語的な居心地の悪さ)
そこに食事の際の相手の女性の美しい所作に関する描写がインサートされることによって
ある種のエロティックな雰囲気をまとっていて、独特の世界観。
作中で食事の中身に意味がないのと同様、作品自体、筋書きなどに意味はなく、
ただコトバの形式とロジックを楽しむための作品。
理系な文体も相まって、他の本では味わえない読後感である。
うん、ああ、よかった。


少し変わった子あります (文春文庫)

少し変わった子あります (文春文庫)