記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

『NO COUNTRY FOR OLD MAN』 by コーマック・マッカーシー & コーエン兄弟

少し前にようやく気になっていた映画『ノーカントリー』を観た。
コーエン兄弟の作品はイマイチ自分のピントとうまくマッチしないことが多く、
本作もオスカー獲ってはいたもののずっと観ないままだった。
今さらながら劇場で観なかったことを激しく後悔する素晴らしい出来。
この5年のうちでNO.1じゃなかろうか。
これだけズド〜ンとはらわたに直接打撃を食らわせる映画はそうない。
後で原作を読んでわかるのだが、何よりキャスティングがドンピシャ。
無慈悲で威圧感たっぷりのハビエル・バルデムペネロペ・クルスの旦那)、
決死の逃避行を試みる主人公にジョシュ・ブローリングーニーズの兄貴)、
そして自らの人生とこの国の行く末を憂う老保安官にトミー・リー・ジョーンズ
この3人の実に男臭い共演以外の選択肢はない。
映画先行で観て、あまりに気になって原作を買ってようやく読破。
映画を先に観てしまうと、ビジュアルが頭の中にあるので、
大抵原作を読んでもオモシロさが損なわれてしまうことが多いのだが、
今回に関しては全くその心配はなかった。
映画と原作がこれほどまでに蜜月関係を築いているというのも非常に珍しい。
どちらもが個別の作品としての完成度が高いのはもちろん、相互補完しあっている。
以下は映画と原作両方の感想。


ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

なんなんだこの重圧感は・・・
冒頭から脂汗を滲ませながら、ただじーっと息をひそめて観た。
まるで自分が追っ手に追い詰められているかのように。
全てを干乾びさせてしまうテキサスの荒野、纏わりつくような底知れぬ暗い闇、
そこに放り込まれた1つの異物によって歯車が狂いだす。
意図や目的ではなく運命という誰も抗うことのできぬ大義を掲げながら、
無慈悲な殺人鬼の足音が忍び寄ってくる。
本作は単に血と暴力の映画ではなく、
自ら選択した運命についていかに決着をつけるかというテーマが存在する。
作中何度かシガーは相手に対してコインの表裏をあてるように仕向けるが、
それはまさに、自らの運命を自らが選択するのだという象徴的な行為である。
単なるバイオレンス映画としてみても十分面白いのではあるが、
その奥に潜む意味や解釈を洞察するといろんなものが見えてくるという玄人向けの作品。


血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)

血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)

何人も自らが歩んできた道のりについて、
後悔や懺悔の念を感じることはできても拒絶することは決してできない。
他のどの道とも違うただ1本の道は、
無数の分岐点、可能性、選択肢の中から自らが選び出した運命であり、
現在も未来もその延長上にしか存在しない。
例えば5分後にシュガーのような殺人鬼に殺されたとして
それは自らが招いた運命と受け入れざるを得ない。
5分早く家を出ていれば助かったかもしれないし、道を一本違えるという選択肢もあったわけだ。
そういったささいな選択の積み重ねが人生であり、誰も運命などに言い訳などできない。
このことは個人の人生だけでなく、国家の行く末にも当てはまる。
いまや自由の国は血と暴力にまみれた地獄へと変貌を遂げたが、
それは成り行きではなく、国民が自ら望んで取捨選択をしてきた結果である。
この結果について異議を唱える者に居場所はない。


小説版のキモは、モスとシュガーとの抗争劇ではなく、
合間合間にインサートされる年老いたベル保安官の憂国と自責の念に満ちた独白のパート。
それは本作の原題である『NO COUNTRY FOR OLD MAN(老人が住む国は無い)』からも察することができる。
これまで扱ってきた様々な事件について。
奥さんとの生活について。自分の家系の歴史や、父親との関係について。
年をとりすぎた保安官は静かに思いをつぶやく。
自らの歩んできた過去と対峙し、それと同時に血と暴力に染まってゆく祖国の行く末を案じるが
抗うことの許されぬ大きすぎる流れに対して、
自らのあまりの無力さにただ呆然と立ちすくむしかできない現実。
今回自分の管轄するエリアで起こった凄惨な殺人事件さえ起こるべくして起こった事件であり、
それは彼自身が重ねてきた人生にひとつのピリオドを打つエポックメイキングとなる。
単なるクライム小説とは異なり、観念論的な意味がプラスされ実に奥深い名作である。