記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

『さあ帰ろう、ペダルをこいで』 by S・コマンダレフ監督


冷戦下、ソ連のもっとも忠実な衛星国として
徹底的な管理体制に置かれたブルガリアを生きたある家族の物語。
冒頭、ドイツの高速道路で大事故が発生する。
被害者はとある家族。
彼らは遠い昔、迫害を恐れて祖国からドイツへやってきたブルガリア人で、
夫婦は死亡、残された息子だけがかろうじて一命を取り留めるのだが、
自分の名前も含めて一切の記憶を失う。
その一報を聞きつけて、祖国からかけつける祖父バイ・ダンは
孫の記憶を回復させようとあの手この手を使って奮闘。
そして最後には、タンデムに乗って祖国へと共にペダルを漕ぎ始めるのだった…


この祖父は、世界的なボードゲームバックギャモン」の名手なのだが
その「バックギャモン」になぞらえながら、人生は運だけではない、
ダイズを振るのは自分、自分が人生を切り開くのだという教えは、
時代という抗いきれない大きな荒波にもまれながら、
自分自身で人生を切り開いてきただからこそ説得力がある。


もうひとつ興味深いのが映画そのものの構造。
様々な障害を乗り越えて激動の時代を駆け抜けた家族の歩みを回想していく祖父と、
祖父からのエールによって少しずつ記憶を取り戻していく孫。
記憶のベクトルが反対向きのゴールに向かってやりとりされる構造(過去から遡る・過去へと遡る)は、
双方向から障害を越えながらゴールを目指していくバックギャモンそのものである。
決して陽気なだけの作品ではないが、強くしぶとく家族の絆を紡いできたバルカンの人々の熱き思いが伝わる。
やはり東欧の映画は面白い。音楽も秀逸。


ただ邦題がちょっとまぎらわしく、ロードムービーを期待してしまうが、
おそらく客受けを考慮してこのような邦題にしているのであって、実際はそうではない。
もちろんロードムービー的なところも確かにあるが、それが主題ではないので
それを期待してしまうとどうもよくない。
もちろん、その道中に登場する雄大な景色の中を爽快に走る姿を見ると、
自分もその景色のただなかで風を切って走ってみたいなあと思ってしまうが。



ところで、このところ自転車に傾倒しすぎていて、
かつては年間100本近くロードショーを観に行っていたのが、めっきり減った。
あの名優ミキ・マノイロヴィッチの新作ということで
実に半年ぶりに映画館に足を運んだのだが、
向かった先は「元町映画館」という小さな小さな手作り映画館。
映画と神戸を愛するボランティアの方々が2010年に始めた映画館らしく、
大型のシネコン系では上映されないような貴重な作品を扱っていて、
その熱意にこちらも応援したくなりました。