記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

『アンダーグラウンド』 by エミール・クストリッツァ

年間数百本を鑑賞する自分は相当な映画マニアを自負しているが、
すべての映画の中で最も好きな映画を1つだけ選べといわれたら、
一瞬の迷いなくクストリッツァ監督の『アンダーグラウンド』と答える。
高2の時に心斎橋のパラダイスシネマのスクリーンに映し出された映像に衝撃を喰らって以来、
毎年少なくとも1回は再見するほど大好きな映画だが、
今回15年ぶりにスクリーン復活ということで、土曜日の晩に、
十三にある第七藝術劇場のレイトショーに駆け付けた。
(余談だが、その昔学生映画の祭典をここでやって自分の作品を流してもらったことがある
なんとも思い出深い劇場)


アンダーグラウンド [DVD]

アンダーグラウンド [DVD]


第2次大戦、ユーゴ紛争と国家の行く末に翻弄される人々の激動の人生を描いた渾身の一大叙事詩
祖国への愛、家族への愛、そして友よ!
ジプシーの血なまぐさい音楽のリズムに合わせて、喜怒哀楽だけにとどまらぬ様々な感情が
踊り、狂い、すべてを飲み込んで、一つの強大なエネルギーとなって生み出された
唯一無二の超大作。
やはり何度見ても怒涛のエネルギーに圧倒される。魂が揺さぶられる。
戦争の悲惨さ、愚かなエゴに強欲、裏切りと悲劇といった人類の恥部を赤裸々にさらけ出しながら、
それを笑い飛ばし、なおもそれを越えいこうとする人間の凄味、パワーをまざまざと見せつける。
人間のすべて、人類のすべてがこの3時間弱の中に凝縮されているといっても過言ではない。
総合芸術としての映画がたどり着いた1つの到達点。
これを観ずして映画を語ることなかれ。



この映画は全くの唯一無二である。
本作を越える映画は後にも先にも出てこないだろう。
クストリッツァ本人でさえもはやこの域にたどり着くのは二度と不可能だ。
なぜなら本作がまさに時代のうねりの中で産み落とされたものだからである。
本作製作時はまさにユーゴ紛争〜コソボ紛争の真っただ中であり、
戦争という悲劇に対するやりきれなさ、あまりにも身近な死への憂い、
祖国が失われるという想像を絶する喪失感、
そうした生の感情がマグマとなって噴き出したからこそここまでのエネルギーをもちえたのだ。
つまりこれは寓話のたぐいやお伽話でも何でもなく、
実際に目の前で繰り広げられた実話であって、彼にとっては現実的な闘いの記録なのだ。
平和となったと今となってはもはやここまで生々しい作品は作れない。
(実際以降の作品は同じような作風でありながらどことなくファンタジーに近い)
戦争の只中でしか作れなかった名作というのは何とも皮肉ともいえるし、
逆に彼がこの作品の中に戦争そのものを封じ込めて争いを終結させてしまったのかもしれない。
まさに一見の価値あり。
できれば本作が制作された動機についての背景の知識も知った上で観ることをオススメする。