記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

映画『破壊の日』 by 豊田利晃監督

『破壊の日』

冒頭からビシビシと放出される

質量の高い怒りと露骨なまでの渇き。

7年前に産み落とされた欲の怪物が、

2020年,違う形で猛威を振るう。

業を背負っているのは物の怪か人間か。

回収されないドラマの筋書きは、

ただ腹の底に命中する轟音と祈りの叫びに掻き消される。

この映画自体が、メタ化された2020年日本の不穏な空気そのもの。

 

 

7月末。ひさしぶりに九条のシネヌーヴォさんへ。

豊田監督の『破壊の日』を鑑賞。

なんてったってGEZANのマヒト君が役者として出るというので

これは観ないわけにはいかない。 

映画館は元々換気設備などは十分なのだが、

対策も厳しく行われていて安心しました。

ちなみにここシネヌーヴォの内装は、

今はなき劇団・維新派が手掛けたもの。

 

f:id:arkibito:20200804180732j:plain

 

映画の発端は、豊田監督が、

東京五輪を控える2020年に入ってすぐ、

強欲という物の怪に取り憑かれた日本社会を

お祓いしてやろうと思いたって企画されたもの。

だが、ご存知の通り、その強欲を軽々と上回る勢いで、

ウイルスという自然の猛威が、

具体的な「死」を引き連れて社会を丸め込んでしまった。

映画はもちろん、あらゆる文化的な様式が破壊され、

経済的活動が制限される中で、

この企画自体の見通しがわからなくなる状況に陥る。

そして映画の中心的なテーマの対象であった

東京五輪そのものが延期でなくなり、

さらに緊急事態宣言でロケ撮影が中断を余儀なくされる。

それでも映画を撮るということの存在意義を賭けて、

産み落とされたのが約1時間にわたる本作である。

2020年だからこそ生まれた、

2020年だからこそ目撃すべき作品である。

 

f:id:arkibito:20200804194646j:plain

 

冒頭のモノクローム

腹の底にまで響くような不気味なサウンドが、

否応なく緊張感を増幅させる。 

粉雪がちらつく古びた炭鉱。

ベッタリと塗りこめられた黒に包まれた坑道を

砂利砂利と鳴らし、黙々と歩き続ける松田龍平の表情。

その長回しだけでもはや絵になる。

 

そして、あの渋谷のスクランブル交差点に

突如現れた赤いケモノ、

マヒト君の全身全霊を込めた雄たけび。

何の混じりけのない透き通った怒りと生きることの主張。

今までも音楽でライブで幾度となく

繰り返されてきた叫びが、

まさにひとつの輝きとして結実した刹那。

ある意味、この2020年の一つの頂点と言っていいかもしれない。

 

ただ、存在感溢れる役者陣の中でも、

ダントツ、ピカ一だったのは、イッセー尾形

まるで物の怪の憑りつきたるがごとき飄々とした様。

極限まで高まる緊張感と弛緩を

同時多発で自在に操ってみせる様はさすがの芸達者ぶり。 

 

およそ1時間という短い時間に込められたのは

分かりやすい物語や登場人物の掛け合いではなく、

実体のない不穏な時代の不穏な空気感のみ。

そしてその只中に生きる人の怒りや焦燥、恐怖といった感情を

言葉やセリフではなく、佇まいでのみで現す。

ただしその分、スクリーンからビシバシと溢れ出る熱量は半端なく、

余りのエネルギーに思わずあてられそうになる。

 

そして終幕に打ち鳴らされる『日本列島やり直し音頭』。

すっばらしい。