記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

『ちょっとピンぼけ』 by R・キャパ

ロバート・キャパ
酒を愛し、女を愛し、ポーカーを愛し、
何よりも自由を愛した稀代の人たらし。
世界を闇に包みこむナチズム、
長い戦災によって引き起こされる貧困、
人種、イデオロギー、階級、様々な分野間で繰り広げられる破滅的な闘争のさなか、
戦場という最も極限的な人間性が火花を散らすまさにその場所で
時代の先端を切り撮り続けた時代の寵児
まさに愛すべき人間である。


ちょっとピンぼけ (文春文庫)

ちょっとピンぼけ (文春文庫)


少しでも写真をかじったことのある人ならその名前と、
いくつかの世紀の一枚を目にしたことがあるであろう、
報道写真(あえて戦場写真とは限定しない)における最重要人物のひとりである。
20世紀初頭は、まさしくフォトジャーナリズムこそがメディアの王様であった時代であり、
最大の媒体であった『LIFE誌』を主戦場として、
多くの報道カメラマンが世界中を駆け回っていた。
それらの報道カメラマンを束ねる集団として創立された「マグナム・フォト」の創設者の1人であり、
今なお多くのカメラマンに影響を与えているレジェンドである。
本作は、主に第2次世界大戦末期の日常を綴ったものである。
激しい戦闘現場で、銃弾の雨を潜り抜け、時には落下傘部隊に同行するなど、
他の報道マンでも躊躇するような、命がけの取材を行う一方で、
稀代のプレイボーイは愛に生きた男でもあった。
同志ゲルダ、愛すべきピンキー、イングリッド・バーグマンとの儚い恋物語
そのあたりのメロドラマの”ピンぼけ”ぶりもまた、
激しい戦場での過酷な日常とうまく絡み合い、本作を一層面白くしてくれている。



この作品では特に記述は見当たらないのだが、
(というより生涯にわたってあまりこの写真については語ろうとしなかった)
キャパが残した写真のうちで最も有名でセンセーショナルな一枚といえばやはり、
スペイン内戦に撮影されたとされる『崩れ落ちる兵士』である。
この写真には様々なヤラセの噂があって、色々な疑惑がつきまとっている。
実は本当の戦闘中の写真ではなく訓練の時の写真だった(意図的なポージング)、
実はこの写真を撮ったのはキャパではなく、恋人ゲルダであった等々である。
しかし、どんな状況で生まれたものかは別として、
この写真のもつ完璧な構図とメッセージ性は他の写真にはない魅力であることは間違いない。
そしてこの写真がピカソの『ゲルニカ』同様、
反ファッショの機運を高める重要な役割を果たすこととなったということもまた史実である。


この写真がヤラセであったとして、
この写真から得られる教訓はとてつもなく大きい。
それは、報道というものは、必ずしも1つの真実を描き出すとは限らないということである。
描き出されるたった一つの事象に対して、
撮影者・被写体はもちろん、様々な人間の思惑が複雑に交錯し、都合よく脚色され、
立場・見方によっては時に真逆の解釈や見解が生まれるというのは至極当たり前のことである。
報道(メディア)とはそもそもそういう性質のものであるというのはすでにこの時代からそうなのだ。
(それをわざわざマスゴミとかなんとか今更批判している人間はそもそも的外れ)
だからこそ、それを受け取る側のリテラシーが重要だというのは言うまでもない。