記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

『いつの日も泉は湧いている』 by 盛田隆二

1969年〜70年。
米ソ冷戦はますます世界各地で緊張状態を生み出し、
ベトナムでは戦闘が泥沼化。
ウッドストックではピッピー文化がピークを迎え、
ビートルズが解散し、人類が初めて月面に着陸した。
一方日本では、東大の安田講堂では学生たちが蜂起し、
安保闘争が全国各地へと飛び火した…
そんな時代の話である。
権威主義の大人たちに対して、立ち上がったのは大学生だけではなかった。
体制に果敢に立ち向かったK高校のあの時代を、
すでに親の介護をするような年を取ったかつての少年少女たちが追憶する。
筆者自身の体験も存分に反映しつつ、
あの時代の、あの時代だけが持ちえた純な青春のほとばしりを、
そのまま閉じ込めたような青春小説。



誰にでも青春時代を捧げたものがあると思う。
誰にでも、自分でもよくわからないくらい盲目に何かに打ち込み、
打ち込みすぎるがゆえに過激化する、
それが失われれば自分には何もなくなるというくらいの情熱と信念でもって
事に勤しみながら、やがて夢破れ燃え尽き、
あれだけ本気だったものが、いつの間にか、
かつての遠い記憶の引き出しへと仕舞われていく、といった人生の1ページがある。
自分の場合は音楽に心血を注ぎ、
ギターと一緒に心中してもいいと思った時期さえあった。
人によっては、それがスポーツだったり、ファッションだったり、
女だったり、金だったり、稀な人なら勉強だったりするかもしれない。
あの時代の人たちにとってはそれが政治ということだった、
ただそれだけのことだと思う。
彼らが取り上げたテーマがたまたま、
政治というあまりにもシリアスなものであったがゆえに、
ことさら神聖化されたり、美化されたり、特別視されただけのことであって、
実は単によくある青春のほとばしりの産物、
ただそれだけのことだったのではないかと思わずにはいられない。
しかも、彼らが政治という重いテーマを自ら能動的に選択したと思われがちだし、
彼ら自身そう思っているかもしれないが、
もっと大きな時代の流れ(ベトナム戦火の世紀の激動の時代)が
自然と彼らにそう仕向けたのだと思う。
あれが当時もし平和な世界であったとしたら、
彼らがそれほど政治に関心を持ったかどうか。
良くも悪くもそういう時代だったのだと。


そんな風に言ってしまうと、当時をまさに生きた世代に言わせれば、
いやそんなことはない!我々はまさに命を懸けて戦ったのだ!
その時代の生の空気を知らぬ若造が何を知った口を利くか!自己批判せよ!
と血気を荒げるかもしれないが、その後、彼らが年を取り、
管理される側から管理する側、
権力を持った責任ある大人の側にいざついた途端に、
それまでの明確だった政治理念はどこへやら、
まさに政治的な大シラケを露呈させ、
結局は経済活動のシステムの中に取り込まれ、
あれだけ反戦・反米を唱えていたはずの人たちが、
今や集団的自衛権がどうのと騒ぎさすのだから…
あの時代のうねりを伴った学生運動自体が、
よくある一過性のブームでしかなかったとさえ、
他の世代から受け止められても仕方があるまい。


しかし、彼らの時代を否定するつもりは全くない。
彼らの時代をもっと純なまなざし、
青春という観点から見つめなおせば、
そのことが別に良いとか悪いとかという評価からは逃れることができる。
青春とはすなわちそういうものだからだ。
少なくとも、明白に青春と呼べる時代を通過することができ、
またそれを燃え尽きるまでやれた点では、とても羨ましい限りである。
しかしその青春のほとばしりは、
本来彼らの世代だけにもたらされた特権ではないはずで、
どの時代の若者にも等しく与えられたものであるということを忘れてはいけない。