記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

ヨドコウ迎賓館(旧中邑邸) by フランク・ロイド・ライト

9月某日の話。

今クールのテレビ大阪の週末の深夜に、

『名建築で昼食を』というドラマがやっていた。

甲斐みのりさんの本を原作にして、

田口トモロヲさんと池田エライザさんが、

東京の名建築を散歩して、素敵な空間でランチをするという、

半分フィクションドラマ、半分ドキュメンタリーのような番組で、

取り上げるテーマや建築はもちろん、

役者さんたちの作り上げるキャラクター、

世界観を盛り上げる上質の音楽、

どれをとっても素晴らしくて、

とっておきの週末を演出してくれていました。

 

その第2話目に登場したのが、

建築界の巨匠フランク・ロイド・ライトが設計した

東京・目白にある重要文化財自由学園明日館でした。

自分も昔から建築やレトロビルが大好きで、

一度だけお邪魔したことがありますが、

これを見てまたぜひ再訪したいなあと思うのですが、

このコロナ禍の状況では、それももうしばらくは難しそうです。

その代わりにといっては何なのですが、

関西にも巨匠の手掛けた名建築が存在しているので、

そちらを訪れることにしました。

 

阪急芦屋川から、急坂を登った先にあるのが、

重要文化財に指定されているヨドコウ迎賓館(旧中邑邸)です。

こちらもフランク・ロイド・ライトが1918年に設計したものです。

灘の酒造家8代目、中邑太左衛門の依頼によるもので、

ライト帰国後に、弟子の遠藤新と南信によって建築されたものです。

 

西側に流れる芦屋川の谷の真上にある

南北に細長い南向きの斜面の台地の突端部に

威風堂々と構える見事な屋敷は、

その急峻な立地、傾斜と共存するように、

複雑な立体構造をもった階段状の4階建てになっています。

 

建築の専門的な部分の込み入ったところまでは

正確にお伝え出来ませんが、このWEB上で、

ちょっと建築探訪をしてみましょう。

(一般公開されている箇所とそうでない箇所があります)

 

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とても急な坂を上り詰めたところにエントランスがあり、

そこから緑の茂みの奥へと入っていくと、

重厚感あふれる大谷石で組まれた見事な玄関が見えてきます。

その石には精巧な幾何学模様の装飾が施され目を見張ります。

このファサードからして、

すでにとてもドラマチックな印象を与えてくれます。

 

早速の余談ですが、ここはかつてNHKで放送されていた

ドラマ『ロング・グッドバイ』というハードボイルドドラマの

撮影の場所でもありました。

(脚本は大好きな渡辺あやさん、音楽は大友良英さん!!)

主人公の孤独な探偵を演じる浅野忠信さんと、

ミステリアスな婦人役の小雪さんが、

それはそれは大人の痺れる演技を繰り広げたのがここで、

ドラマの重厚感を大いに醸し出すのにぴったりの建物でした。

 

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さて、この玄関ですが、

この重厚で大きな建築には一見してふさわしくないと思えるほど、

入り口が極めて小さくあります。

左側の奥まったところが玄関で、

扉は狭く大人一人がやっと通れるくらいの幅しかありません。

これはフランク・ロイド・ライトの特徴的な手法で、

入り口をあえて小さく設計することで、

建物の重厚さ荘厳さ威厳さを際立たせるとともに、

入った先の空間を広く感じられるようにするための演出になります。

 

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ここを入ったところが受付となっていて、

入館料500円をお支払いして、

石段の階段を上ってまずは2階へと進みます。

 

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2階は応接室が設けられており、その荘厳さに圧倒されます。

左右非対称の間取りに、重厚感あふれる深い木彫のテーブル。

安易なたとえですが、もう半沢直樹の世界です。

 

南に向かってバルコニーが設けられていて、

海からの風を取り込みやすく、通気性に富んでいます。

また高低二重の天井には高窓があり、

それらを開放することで、なお換気性が効率的に図られています。

東西の両サイドには大きく窓が取られており、

周辺の木々の緑が実に見事に取り込まれています。

入口の方、部屋の木型側に振り替えると、

大谷石造りの重厚な暖炉が鎮座し空間を見事に引き締めています。

 

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2階から3階へ上がると、踊り場があって、

左右へとつながる階段がさらにあり、

左は和室前室へ続く広間、

右は建物西側に面する長い廊下になっている。

 

左の広間は、大谷石の手すりがドーンと張り出し、

踊り場から吹き抜け調になっている空間で

存在感を発揮しています。

 

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踊り場から右側の廊下には、

西側に大きく取られた窓が特徴的で、 

外の緑と光を大胆に取り入れながら、

飾り金具のシルエットが光の加減で絶妙に床に反映されて、 

 それがとても上品な美しさ。

  

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その廊下の反対側、つまり東側は、

先ほどの広間から、ずどんと、3室の畳敷きの和室が連なっています。

フラン・クロイド・ライトの当初の設計では、

和室は盛り込まれていなかったのだが、

依頼者のたってのお願いで設けられたのだそう。

 

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建物南側の廊下・和室のセクションの先には、

先ほどとは別の階段の踊り場がある。

ひとつは4階へあがる階段があり、

建物の北側へ向かう、3段ほどの階段の先に短い廊下。

 

この3段の階段から先は

プライベートな住まいの空間になっており、

それを示すかのように、

天井がゲートのように張り出して、少し低くなってくる。

手前側の空間と奥の空間との印象を変えるために、

このわずか3段の階段と天井の意匠を設けることによって、

パブリックとプライベートを

さりげなく区切るニクい演出と、

敷地の斜面を効率的に活用した

高度な技がここに垣間見えます。

 

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導線が幾重にも枝分かれするこの境の場所には、

洗面所と浴室が西側に設置されています。

洗面台は当時としては最先端で、

温水と冷水の蛇口が対で2組取り付けられています。

その奥の浴室は、タイル張りになっており、

採光用の窓のひし形が目に入ります。

 

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踊り場へ戻り、奥を眺めると、

さらに複雑な導線と、いくつもの段差が

まるで迷宮のように待ち受けています。

左手の先が使用人の部屋となっていて、

手前に設けられた小さく狭い階段は

4階の使用人室兼厨房へとつながっていて、

バックヤード専用の通路になっている。

ゲスト、家族、スタッフのそれぞれで、

空間も導線もきちっと棲み分けされているのである。

 

そして右手は、廊下が少し東側に角度を振って、奥へと続く。

これは、敷地自体がそのような形状をしているためで、

土地に逆らうことなく設計されていることがわかる。

この先は、当時の家族のプライベート空間だったが、

現在は、売店と資料を閲覧するビデオルームとして活用されている。

 

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さて、いよいよ最上階の4階へ上がってきました。

4階は階段を上がると食堂になっており、その奥に厨房がある。

食堂の天井はトンガリの形状をしているので、広々と感じられ、

三角形のスリットの間に換気と採光ようの窓がちりばめられています。

またこの部屋には建物の設計上は全く必要のない

(つまり屋根を支えたり、強度を維持するには不必要なという意味)

様々な飾りや梁が取り付けられ、

心地よい空間のためのデザインが追及されています。

さながら小さな教会のような趣きが感じられます。

 

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そして4階の食堂からは

南斜面へ向かって突き出るように伸びる

長い長いバルコニーに出ることができます。

振り返ると、暖炉の煙突が屋上から突き出て、

まるで船の帆のようです。

そして大谷石造りの柱が重厚感を演出しています。

 

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バルコニーを伝って先へ向かいます。

大阪湾へ向かって一直線に伸び、開放感が抜群。

現代こそ、たくさんの高層ビルや建物が見えますが、

建築当時を考えると、

本当に海と空に向かって伸びあがっていくような

爽快感を感じられたのではないでしょうか。

それも建物内部の重厚感とのコントラストが一層、

効果的に発揮されているのです。

 

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3階屋上の暖炉の煙突を抜け、バルコニーの突端へ。

芦屋川に沿って住宅が連なり、その先に大阪湾。

そしてその向こうには泉州泉南の山の連なりがあり、

湾曲する大阪湾を一望できます。

それほど高度を上げずとも、これだけの眺望を得られるのは、

やはり六甲山が海からいきなりせり出しているからで、

阪神間の特徴を見事に生かし切っているということでもあります。

 

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一通りすべてのフロアを見学した後も、

すっかりこの空間に魅了されて何度も部屋を行き来して、

隅々まで堪能しました。

 

最後に再びエントランスへと戻ってきました。

やはりこの一番最初にアプローチするこの空間の

最初の印象、インパクトこそが、

そのあとの建物の全てのフィーリングを決定づけている

といって過言ではないと思います。

この正面玄関の南側からも、眺望が見事に飛び込んでくるのですが、

周囲の重厚な柱が、ビンテージ物の額縁のようにして

まるで絵画のように切り取られています。

お見事というしかありません。

 

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ということで、ヨドコウ迎賓館(旧中邑邸)でした。

空間の見せ方、眺望の捉え方、光や風の取り入れ方、

敷地の高低差に逆らうことなく、

また周辺の緑や環境と絶妙に共存する柔軟な考え方、

細かな空間の切り取り方で居住区と応接区を

絶妙にすみ分ける技法、

そしてあそび心を随所に取り入れた意匠の数々。

さすが建築界の巨匠、フランク・ロイド・ライト

大いに見ごたえある建物でございました。

 

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さて、名建築をすっかりと堪能して大満足なのですが、

せっかくここまで来たのに、わが聖地をスルーしては帰れません。

ということで、川を渡ったら山側へ向かい、

そのままいつもの場所へ軽く山歩きして帰りました。

 

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