記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

美と鉛の街 宇部

先日お仕事で行ってきた山口県宇部のお話をざっと。
宇部は昔から石炭と石灰石の炭鉱が盛んで、
日本でも有数の優良企業「宇部興産」のお膝元です。
宇部=工業地帯というステレオタイプなイメージから脱却して
いったいどんな観光要素があるのかと偵察をしてきましたが、
なかなかに面白い街でした。いろいろありましたが、かいつまんでご紹介します。


勉強不足で全然知らなかったのですが、宇部はアートの街でもあります。
実に25回、50年もの歴史をもつUBEビエンナーレは、日本有数の彫刻アートの祭典で、
そこで入選した作品を市が買い上げて、街の至る所に屋外展示してあり、なかなか興味深い。
元は公害で悩む市民に、少しでも快適な生活を送ってもらいたい、
環境や生活改善への意識向上のために始まったそうです。
扱われている作品のクオリティーや、展示の面白さ、テーマのバリエーションなどについては、
注目されている直島アートや越後妻有トリエンナーレ、神戸・横浜ビエンナーレとも
全くヒケを取らないもので、アート好きの自分もとても満足できるものでした。
残念なのは、その面白さをイマイチ全国にアピールできていないという発信力でしょうか。
確かに都心部のイベントとの注目度の違いや、
例えばベネッセという企業と地方行政とのアクションの起こし方の決定的な差は大きいですが、
モノはすごく興味深いものなので、どうにか集客できれば一大観光資源になるなと感じました。


ここからは個人的な提案です。
よく知られた話ですが、今話題のエヴァンゲリオン庵野監督は宇部出身。
彼の作品の1つの大きな特徴としては、舞台にたくさんの工業地帯や、産業遺産が、
精密な描写で描かれているということがあります。(ヤシマ作戦なんてその集大成でしょう)
これは彼が宇部に生まれ育って、彼の原風景に宇部の工業地帯のイメージがあるからだと
はっきり断定できるでしょう。
また彼の実写映画で『式日』という作品がありますが(主役はなんと岩井俊二)、
ここで彼は宇部の街並みを彼の精神世界とうまくリンクさせながら、美しく描き出しています。
まさに彼がそうであったように、インダストリアルな要素とアートな要素というのは
実は結びつきやすいもので、そういう融合が生まれたら実に面白いのになあと。
あるいはもっと単純に観光的に寄るとしたら、ガンダムで街おこしが成功しているように
宇部エヴァの生まれ故郷として担ぎあげたら全国から人がどっと行くんじゃないかなと思う。
山の上に等身大の一号機のオブジェとか立てたら絶対行くけどな〜。
宇部の街へ行ってもエヴァの一文字もないのが現状。
色々版権とかあるんだろうけど、自らの映画の舞台にするくらいだから
庵野さんも宇部の街に少なからず思い入れがあって、協力してくれそうだけど。


さて、話を元に戻して、宇部アート巡り。UBEビエンナーレの会場であるときわ公園を散策。
ただっ広い公園のいたるところにアート作品が点在しています。
なかには素材そのものを抽象化した(モノ派)一見アートとわからないものもありますが、
子供でも見て触れて楽しめる作品もたくさんあります。
写真一つ説明したいですが、記事が長くなるので1つ以外は割愛します。
そのなかでひときわ異彩を放っているのが、
工業の街・宇部のシンボル『蟻の城』という金属の工業パーツを組み合わせたオブジェ。
これがこの地に建てられてすでに半世紀。
当時、このような大型の彫刻が野外に展示されるのは非常に珍しく、
日本のサイトスペシフィックアートの先駆けと言えるでしょう。
宇部の持つ工業のイメージとアートとを実にバランスよく橋渡しをしている名作だと思います。


↓ときわ公園


↓『ロッキング・ドール』 by 関正司  風に揺れるのがちょっと不気味


↓『蜘蛛のいと』 by 藪内佐斗司(せんと君の生みの親)


宇部のシンボル『蟻の城』by 向井良吉


↓うさぎのオブジェ 子供たちに大人気


↓『みんなの楽しみ』by 津村良  見る角度によって迫力が変わる


↓『大首Ⅲ』by 吉野辰海  病院の前に生首置くなと不評らしいですがすごい存在感。


さて、宇部のグルメについても調査です。
宇部にも実はご当地ラーメンがあるらしく、
強い火力で煮出された濃厚な豚骨をベースに醤油を加えた「豚骨醤油」だそう。
宇部市内にはたくさんラーメン屋さんがありますが、
そのなかで宇部の一大チェーンである「ラーメン一久」さんへ。
さっそく食べてみましたが、和歌山ラーメン、それも井出商店の味にすごく似てました。


↓ラーメン一久


↓ラーメンとびっくりラーメン


あと、いまご当地B級グルメとして売り出し中なのが「石炭包(セキタンパオ)」。
元々炭鉱の町ということにちなんで、黒いもの(黒ゴマ・イカ墨)で包んだグルメです。
パン、オムライス、大福、クッキーなどなど色々たらふく食べましたが、
その中で一番おいしかったのが、宇部市民会館の1Fにあるレストラン ピアニッシモで食べた、
下の石炭黒カレー(¥800)。
なかなか本格的なスパイスとサフランライスに、濃厚なイカ墨の黒いルーがマッチしてました。
石炭包グルメは見た目が真っ黒でインパクトがあるので、いかにもB級なノリでいいと思います。


↓売り出し中の石炭グルメ


晩は、当然飲みです。工業地帯のイメージがあるので、
海の幸が名物というのがイマイチピンと来てませんでしたが、どっこいどっこい。
宇部の漁場は周防灘。
名前は違っていても大分の関サバ・関アジ、下関のフグ、瀬戸内のアナゴやタチウオなど
名だたるブランド魚と全く同じものが安く食べられるわけです。
しかも山口は隠れた酒処。
「獺祭」「貴」「五橋」「雁木」「東洋美人」「山頭火」etc。
どれもこれもうまくて飲みすぎですわ。
特に気にいったんは「貴 特別純米」。やはりええ酒はうまいに決まっている。


↓わたりがに。大抵ソースになっちゃうが、こんな風に身を食べられるのも宇部ならでは。


↓山口の地酒「獺祭」「貴」


さて、前置きはここまでとして、今回のメーンイベントへ参りましょう。
そうです!今回の一番の目的は、
コロッセオと称される石灰石の大採掘現場である「伊佐セメント工場」と、
日本最長30kmの私道である「宇部興産専用道路」の視察です!
この2つは、一般の人も下の「大人の社会派ツアー」に申し込めば参加できますので
興味のある方はぜひ!


CSRツーリズム 大人の社会派ツアー
http://www.csr-tourism.jp/


最初は宇部新川にある宇部興産本社の1FにあるUBE i-PLAZAにてまずはお勉強です。
まずは宇部興産ってどんな会社かご説明すると、日本5大ケミカルメーカーのひとつ。
元々は宇部の沖合にあった沖ノ山炭鉱から石炭を採掘する会社でしたが、
将来的なエネルギー転換を見越し、事業をケミカルへと移行していった歴史があります。
企業としての利益追求だけではなく、地域貢献という観点から、
教育機関やインフラ整備など宇部の発展を支えてきた大企業なのです。
なにせ、資材をノーストレスで運搬するために専用の道を造っちゃえというくらいですから
なんとも器のでかい企業です。


宇部興産本社


さて、バスに寄られて一般道で内陸にある伊佐セメント工場へと移動します。
昔はこの一般道を一日に何十台何百台のトレーラーが行き来していたそうで、
それはすさまじかったと言います。
で、30分ほどで伊佐セメント工場に到着。バスでそのまま坑内へと突入します。
無機質で巨大なサイロがいくつもそびえ、
その間を縦横無尽に様々なダクト・パイプが張り巡らされています。すげー。
見たことのないでかさのロータリーキルンが不気味に回転し、
その熱を下げるためにかけられた冷却水が蒸気となってシュワーシュワーと鳴る。
ここはブラックレインか、ブレードランナーか。
その間をUBEブルーがまぶしい巨大なトレーラーが轟音を立てながら走っています。
(このトレーラーについては後述)
もう産業遺産好き、工場萌えにはたまらんです。


↓巨大ロータリーキルンがぐるんぐるん(コンクリミキサー車の後ろで回っている奴のでかい版)


↓インダストリアルな美


その工場地帯を抜けると一気に視界が開けます。
40t、60tダンプがまるで巨神兵のごとくのそのそと徘徊しています。
土ぼこりが舞うその中を、少し上部まで上ってみると…
でた〜!馬鹿でかい採石場が大地にぽっかりと口を開けています。
凄すぎです。目の前をけたたましい音を立てて走り去っていくダンプたちですが、
この巨大な爆心地の底にいるダンプたちはまるで豆粒のように小さくしか見えません。
何十年とかけて、山を削り取り、しまいには山を丸ごと1つ切除してしまったようです。
ガイドの方に話を聞くと、山の天辺から底までは約150mほど。
スケールがでかすぎて頭がクラクラする。
この伊佐鉱区のほかに、丸山鉱区、雨乞鉱区の3体制で年間1000万tもの石灰石の生産量だそう。
男子やったら、こんなとこ子供の時に社会見学とかできたら、
イチコロで宇部興産で働きたいってなるやろうな。
まるでグランドキャニオンのようなこの絶景をずっと眺めていたいそんな気分になりました。


コロッセオ!山1つなくなってる


↓タイヤのサイズがこのくらいある60tダンプが豆粒に見えるのですぞ


さて、伊佐鉱区を存分に堪能したのちは、
いよいよ宇部興産専用道路で宇部市街へ向かいます。
伊佐セメント工場から宇部港にある宇部セメント工場までの全長28kmもの完全プライベート道。
わかりやすく言えば、大阪=神戸間に一本、一企業が占有する道を通したということです。
いやはや、なんたるスケール。当然日本一長い私道です。
総工事費は500億円、毎年1億の維持費がかかる代物で、しかも全て自前で建造したものです。
鉄鋼炉を1日火を止めて停止させてしまうと、再稼働するのに多大な損害が出るので
炉の火はよほどのことがない限り消えないのと同じで、
各工場間の運搬が少しでも滞ると1日1億の損害が出るため、
拠点間輸送の安定化、効率化のために多額のお金をつぎ込んででも建造する必要があったのです。
この道は、ある意味、宇部興産の生命線といえるでしょう。
ただ、一度この道を止めたことがあって、1994年のアジア大会で、
この道がロードレースのコースに使用されたことがあるらしいのですが
やっぱり損害が大きすぎるということでそれきりだそうです。じゃんねん。
私道ということは、工場敷地内の道と同じなので、一般の道路とは規格が異なります。
しかもここでは道路交通法も適応されません!
とはいえもちろん車内で厳しいルール付けがされてはいますのでご安心を。


宇部興産専用道路のルート


↓通常の道と規格の異なり幅広の宇部興産専用道路


↓ダブルストレーラー!


↓転回の迫力がパねえ!(伊佐工場の詰込サイロ前)


さて、いよいよ中国道美祢ICの手前から専用道路へ突入です。
当然、関係者以外立ち入り禁止のゲートで仕切られています。
ワクワクドキドキで侵入です。
この道は何があってもダブルストレーラーが最優先なので、
バスは邪魔にならない通行を心掛けます。
片側2車線でしかも通常の高速道路よりもかなり幅広。
山間を貫いていますがほとんどフラットで、路面も徹底的に保守されて快適そのもの。
対向からはバンバンダブルストレーラーが通過していきますが、とにかくかっちょエエ。
途中めったにないことらしいのですが、先行するダブルストレーラーの追い抜きも体験。
この追い抜きの時の圧がすごい。チャリで路肩をもし走ってたらヤバすぎるだろうなあ。
ちなみに、余談ですが、この道は南北に続いている道なので、
東西に続いている中国道、R2、新幹線、東海道本線と必ず交差するのですが、
その際には必ずそれらをまたぐように設計されています。
これは意地でもお上の造ったものよりも上を行くという反骨精神の現れらしく、
その分建設費がかかっても絶対に上をまたぐように設計したそうです。
この道には起点終点以外に一か所だけ一般道と接続した船木ICがあります。
それからJR小野田線を越えた西沖地区に、唯一の信号があります。


↓いよいよ専用道路へ!


↓追い抜きますっ!


西沖地区まで来て一度トレーラーの整備場でバスを降ります。
そこで整備中のトレーラーを前に、説明があります。
道の規格が違うということはそこを走る車もまた規格違いです。
スカイブルーの色がまぶしい、通称ダブルストレーラーとよばれる二連タンカーがこの道の主。
車重40t、1つのタンカーの積載40t、それが2つ連結されているので、1台120tの代物。
リッター1.5kmに満たない大飯食らいで、1日10往復、年間20万km、
たった8年で寿命を迎えるそうです。
現在は米ケンワース・三菱ふそういすゞの3社体制で納車されていて、
そのお値段1台7000万円。一家に一台いかがです?
伊佐・宇部の両工場では前進のみで作業ができるように道が設計されていますが、
それでもこれで直角に曲がったり、サイロの積込口にピタッと位置を合わせて停車するというのは
かなりの運転テクニックが必要だと思います。
社内でも研修を経て一人前のダブルスドライバーになるには最低5年はかかるらしい。
当然、このトラックは特殊な規格なので一般の道は走ることができません。
坑内扱いとされている宇部興産専用道路のみを行き来できるトレーラーです。
なので、ナンバープレートも一般のものとは異なります。
さて!ここでこのダブルストレーラーに試乗体験もできます。
といっても運転席に座ってハンドルを握るだけですが、
座るだけでもしっかりこの重厚感が伝わります。


↓車重40t、1基40t積載の2連。8年で寿命らしい


↓ワイルドだろぅ?


さて車検場での試乗を終えると、いよいよ専用道路のハイライト、
宇部港湾の、西沖地区と沖の山地区との間にかかる興産大橋を渡ります。
全長1020mのトラス橋
この橋は運河の航路を確保するため40m近い高さを必要としつつも、
ダブルストレーラーがギリギリ上ることの可能な勾配6%に抑えるため、
このような全長の長い橋脚になりました。
このフォルムは、以前東京で訪れた東京ゲートブリッジとそっくりです。
この橋もまたプライベートの橋としては他に類を見ない規模の大きさです。
トレーラーのドライバーたちにとってここは最大の難所で、
手前の平坦部分からアクセルをベタ踏みして100km近くまで加速して、
その勢いで上るそうですが、自重が重すぎるため、
トップに着くまでには時速15kmまで落ちてしまうそうです。
逆に下りはドドドドッ〜と転がり落ちるような勢いでスリリングなのだとか。
しかし、この興産道路では建設以来全く事故が起こっていないということで
ある意味世界一安全な道とも言えます。


↓興産大橋


橋を越えると、宇部興産が自ら埋め立てて陸地を広げてきた敷地へと入っていきます。
見渡す限りの一大コンビナートでたまりません。
夜北らすさまじい夜景が見れるでしょう。
橋を滑り降り、直線的な道をずっと進むと前方に踏み切りが登場します。
この踏切は、鉄道用ではなく、専用道路と一般道を分離するために設けられたもので、
線路の存在しない珍しい踏切です。
ダブルストレーラーはこの踏切から一般道に出ることはできませんし、
一般の車もこの踏切内から専用道路へは侵入できません。
また基本的にダブルストレーラーの進行が優先されるので、
一般の車は青い車体が通過するのを待つ形になります。
こんなところまず他ではありませんね。
今回はこの踏切から一般道に出て、専用道路ドライブは終了です。
このあと社屋の屋上に上がって、宇部工業地帯を一望してツアーも終了。
いやあ、感動興奮の連続でした。いい経験させてもらいました。


宇部興産の社屋から


↓線路のない踏切


↓トレーラー通過待ち


オマケ。
帰りに買ったみやげの品々。
まずは家用に宇部かまのかまぼこ。
かまぼこがウマイもんだとこの年になってようやく気付く。
というか、本来かまぼこは、魚のうまい実の部分だけを凝縮した
高級品・贅沢品として生まれたものだけど。
お次は、新幹線に飛び乗る直前に完全にネタで買ったお馬鹿みやげ。
1つはkurubiさんのお祝いの品としてカープカツ。たんまり太ってください(笑)
晋ちゃんまんじゅう、意外とウマイからびっくりした。


↓おみや① 宇部かまがめちゃウマ


↓おみや② お馬鹿グッズ