記憶の残滓 by arkibito

「マジメにアソブ、マジメをアソブ」をモットーに、野山を駆け、コトバを紡ぎ、歌う。

映画『ブエノスアイレス』at 京都みなみ会館

舞台はアルゼンチン・ブエノスアイレス

毒々しい電飾と乾いたすきま風とモノクロームに満ちた猥雑な街。

逃げるようにしてたどり着いた異国の地で、

官能的かつ破滅的な交わりと別れを繰り返す二人の男。

トニーとレスリーのむき出しが銀幕を飛びぬけて迫る。

生々しく夜の闇と街の鼓動を切り取るC・ドイルの眼差しは、

冷静と情熱のあわいでフィルムに焼き付く。

そんな濃密な情景にベッタリと張り付いて、

物語に一層の魂を宿す

ピアソラ・タンゴの悲哀に満ちた旋律。

そして鳴り響くフランク・ザッパ

これは紛れもなく、愛と人間の映画だよ。

 

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移転リニューアル(といっても通りの向かいに移った)で

新しくなった京都みなみ会館に初めてお邪魔してきました。

栄えある1発目は

定期的に行われている【directed by ウォン・カーウァイ】から

名作『ブエノスアイレス』でした。

(ちなみに旧館のMyラストは『太陽を盗んだ男』でした)

 

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学生時代から根っからの映画っ子だった自分にとっても、

ウォン・カーウァイ作品は青春の1ページを占める

極めて重要な大切なキーワードだ。

当時=90年代中盤は、

イギリスではダニーボイル監督の『トレインスポッティング』をはじめとする

ブリット映画が花開き、

フランスではマチュー・カソヴィッツ監督の『憎しみ』、

フランソワ・オゾン監督が衝撃的な短編をリリースするなど、

脱・ヌーヴェルヴァーグの新しい気運が沸き上がっていた。

一方アメリカではタランティーノ監督の『パルプ・フィクション』が大ヒットし、

サンダンス系の意欲的な映画がじゃんじゃか封切りされ、

若く勢いのあるクリエイターが

今よりもずっと自由気ままで刺激的な発想で、映画界を賑わせていた。

そして町中にも、たくさん単館系の映画館があって、

そういうインディーズ的な作品も比較的タイムリーに観る環境もそろってた。

日本ではアニメ映画依存と、TVドラマの昇格組映画が興行の上位を占める

今と同じような状況が既に始まってはいたが、

それでも岩井俊二監督が『PiCNiC』『スワロウテイル』を発表し、

河瀨直美監督が『萌の朱雀』でカメラドールを受賞したり、

PFF出身の若手が台頭してきたりしていた。

そんな新しい風が心地よく吹いていた時代に最も輝いていたのが

香港映画で、その急先鋒がウォン・カーウァイだった。

(香港ではないが台湾ではエドワード・ヤンという天才が日の目を見た)

ちょうど97年に香港返還という

エポックメイキングな転換点を迎える過渡期ということもあり、

新旧の価値観が複雑に絡み合った混沌の中に、

ぽっと目新しい才能が開花するという、

今となっては実に風通しの良い懐かしい時代だったのかもしれない。

 

まずなにより、クリストファー・ドイル

手持ちカメラによって撮影された映像が斬新だった。

それはあたかも作為的に切り取られた視点ではなく、

観客が映画の中の登場人物の1人であるかのような、

生々しくリアルな感情を湧きたたせる。

観るというより感じるに近い。

またこの視点が、自由奔放で猥雑で混沌とした香港の風景と

実にマッチして無敵だったのだ。

ここで興味深いのは、ドイル自身はオーストラリア人だということ。

西洋人から見たステレオタイプなアジアへのまなざしではなく、

極めてコンテンポラリーでドメスティックな視線は、

ある意味国境とか人種とかを超越した新しい価値観が

そのまま形になって表れたようだった。

 

そして、映画というよりもむしろ演劇、

あるいは即興アドリブにも近いような、

演者たちの会話だったりやりとりは、

何ら加工しないままの等身大の青春そのもので、

その意味でも『トレスポ』との親和性は高かったのだけど、

世界的にあの時代の空気がそういう自由さを纏っていたように思う。

特に『恋する惑星』の主人公の一人、

フェイ・ウォンの実にのびのびとした感じが

それをまさしく体現していて、

その姿はまさにヌーヴェルバーグの幕開けを象徴した

勝手にしやがれ』のジーン・セバーグの再来だった。

 

目まぐるしく、また恐ろしく膨大に切り取られたそれらの断片から

原石を見つけ出して磨き上げ、

それらをかき集めて一つの作品にまとめ上げるカーウァイの手腕は

言わずもがな流石なのだが、

特に音楽のチョイスや使い方が絶品だった。

欲望の翼』では、窒息しそうなほどに緑の充満した熱帯直下の森の

湿度や気温を表現するかのようなラテン音楽が象徴的だったし、

恋する惑星』ではママス&パパスの『夢のカルフォルニア』や、

フェイ・ウォンがカバーしたクランベリーズの『Dreams』など、

映像と音楽が蜜月の関係を築いている。

本作『ブエノスアイレス』でも、

劇中に流れるピアソラ・タンゴが物語に寄り添い、

時に登場人物の心情を代弁している。

特に、場末のアパートメントの薄汚いキッチンで、

2人身を寄せ合いながら、慣れないタンゴを踊るシーンなどは、

映画史上でも屈指のラブシーンではないだろうか。

 (ちなみに、ピアソラのタンゴは、

いわゆる元祖アルゼンチンタンゴからはもちろん、

オリエンタル・タンゴからも

伝統的なタンゴを破壊する異端分子として、

理解されず迫害されてきたという過去があるので、

アルゼンチンタンゴではなく、

ここではあくまでピアソラ・タンゴと書きました)

 

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帰って本棚を探してみたら、

封切り当時に買ったパンフレットがまだありました。 

ブエノスアイレス』の封切りの時には、

なんとクリストファー・ドイルが舞台挨拶に来るというので、

学生ながら、心斎橋のパラダイスシネマの

レイト・ショーに一人で行ったことを覚えている。

サントラはあの当時からずっと棚の最前列に合って、

今でもよく聴く一枚。

DVDも持っているしいつでも観られるのだけど、

やっぱり真っ暗な劇場で作品と真剣勝負で対峙して

大きなスクリーンと音響で観るのは一味違う。

学生だったあの頃よりも、

色々なことを経験して大人になってから見ると、

より深く感情移入できるし、

やっぱり人間って寂しい生き物だなあと納得してしまう。

 

あれだけの人間臭くて

同じ男でも惚れてしまいそうなほど魅力的なレスリー・チャン

マンダリン・オリエンタルホテルから身投げをした時には

心底泣きました。

今となっては彼が永遠に生き続ける映画の中で、

忘れずに出会う事しかできません。

改めてお悔やみを。

R.I.P.張国栄